第108回  生物の表面構造に学ぶ光応答機能膜の作成

光の作用で結晶構造を制御

光の作用によるジアリールエテンの表面構造変化

光の作用によるジアリールエテンの表面構造変化

 写真上段左から紫外線(UV)照射前の表面、照射後の表面、それに可視光(Vis)を照射した表面の電子顕微鏡写真。紫外線照射により直径1ミクロン、長さ10ミクロン程度の針状結晶で覆われ、はっ水性を示す。可視光を照射すると結晶は溶けて元の表面に戻りはっ水性は失われる。写真上段左から紫外線(UV)照射前の表面、照射後の表面、それに可視光(Vis)を照射した表面の電子顕微鏡写真。紫外線照射により直径1ミクロン、長さ10ミクロン程度の針状結晶で覆われ、はっ水性を示す。可視光を照射すると結晶は溶けて元の表面に戻りはっ水性は失われる。元々の立方体結晶(中段左)にUV照射して微細な針状結晶を成長させるとロータス効果が発現する(下段左)。また、温度を変えてUV照射すると大きめの結晶が成長し(中段右)、さらにそれに温度を変えてUV照射すると大小の結晶構造を併せもち、ペタル効果を発現する(下段右)。それぞれにVisをあてると元にもどる。

生物たちが身につけた、表面の微細な立体構造は、 生きるために必要なさまざまな機能をもたらしている。 1つの物質で複数の表面機能を発現させる、 生物の表面構造に学ぶ光応答機能膜の作成とは?

光ディスク、光触媒、光スイッチなど、光の作用で働くさまざまなデバイスが登場していますが、それらを可能にする機能性材料に、フォトクロミック化合物があります。紫外線を照射すると無色から赤や青などに色が変わり、可視光を照射すると無色に戻るという物質などです。従来は、色の変化を利用する目的で研究が進められてきましたが、近年、構造変化がもたらす新たな機能の発現が注目されています。

フォトクロミック材料の1つに、ジアリールエテンという化合物があります。これは、分子構造の一部が光の作用で閉じたり開いたりするという特徴をもった化合物で、開閉により結晶構造が変化するのです。2006年に、この材料を使って、紫外線を照射すると水をはじき(超はっ水性)、可視光を照射すると元に戻るという薄膜が開発されました。紫外線によって表面に細かい針状の結晶がびっしりと成長し、ハスの葉(ロータス)のようにころころと水をはじき、可視光をあてると針状の結晶が消えて元に戻ります。

その後の研究で、紫外線の照射回数や温度を変えることで、微細な針状結晶と少し太めの結晶を合わせて成長させた膜の開発に成功しました。ロータスの場合、葉を2度ほど傾けると水滴は転がり落ちますが、この膜は傾けても水滴が表面にピン止めされたように留まります。これは、バラの花びらに水を垂らすと丸い水滴になるはっ水性を示しながら、水滴を表面上に保持するペタル(花びら)効果を実現したものです。ロータスの表面には空気層が存在し水が浸潤しない構造となっていますが、バラの花びらの表面は空気層と水が浸潤するデコボコ構造が共存しているため、このような現象が起きるのです。

同じ物質から、ロータス効果とペタル効果を発現させるだけでなく、ロータスからペタルへ、ペタルからロータスへ変換して、元に戻すという繰り返しの実験にも成功しています。1つの膜の裏表ではっ水性と親水性を併せもつ膜も可能です。また、この技術を応用して、光を反射しない蛾の目に倣ったモスアイ効果の光制御の研究も進められています。

 

内田 欣吾 教授
龍谷大学 理工学部

内田 欣吾 教授

 自由な発想でオリジナリティある研究を

かつては、色が変わる研究を主体にしてきましたが、フォトクロミック化合物で新しい分野を確立したいと考えています。研究を進めていく上で大切にしているのは、オリジナリティ。自由な発想で挑戦するために、他の人の仕事をあまり見ないこと、後追いをしないことを心がけています。自分なりの考えで進めていくと自然に流れができてきて、1つの結果が次にやるべき方向を示してくれるように思います。 この研究をするようになって、結晶成長自体が自然の摂理だと思うようになりました。合成した化合物を使用した研究ですから、そこに命はないのですが、光で結晶が生えたり溶けたりして、生物のような表面構造を形成するのを見ると、まるで命があるように思えます。そういう思いを大事に、生物に倣う材料開発を進めていきたいですね。

 

トピックス

 実は、私たちの視覚にもフォトクロミック化合物が関与しています。私たちの網膜には、光を感じるロドプシンという視物質が存在しています。ロドプシンは、オプシンというタンパク質とレチナールというビタミンAからつくられる化合物とが結合した物質で、光があたるとレチナールが構造変化を起こしてオプシンから離れます。その刺激で信号が脳に伝わり、モノが見えるのです。離れたレチナールは、暗部で元の形にもどり、オプシンと結合して再びロドプシンを構成します。生体内では、レチナールというフォトクロミック化合物が繰り返し構造変化を起こし、視覚のメカニズムを支えているわけです。 フォトクロミック化合物の研究は、19世紀後半から活発に行われていますが、数万回の構造変化による着色・退色に耐えることができる人工分子も開発され、さまざまな分野での応用が期待されているのです。