第 11回  筋細胞に学ぶ圧電体設計

筋肉の収縮を模倣する圧電セラミックス

筋肉

筋肉(muscles)

 筋肉は大きく骨格筋(筋肉の大部分をしめ、骨と一緒に体を動かす)・平滑筋(胃、腸、血管をつ くる)・心筋(心臓に存在)の三つに分けられます。骨格筋は、アデノシン三リン酸(ATP)を分解する時に出るエネルギーを効率よく使って、筋収縮タンパ クであるミオシンとアクチンがそれぞれらせん状に配列した繊維を形成し、互いのスベリ(スライド)によって収縮しています。ちなみに、筋細胞自体の収縮は 0.1%程度しかありません。

はるか縄文の昔から、暮らしの道具をつくり続けてきたセラミックスの世界。 近代になって、さまざまな機能をもったファインセラミックスが生まれ、工業製品に応用されています。 その世界でいま求められているのは、環境との調和。 セラミックスの新しい世界を拓く、筋繊維に学ぶものづくりとは?


アルミナ、ジルコニア、炭化ケイ素などの超微細な粒子を焼き固めてつくるファインセラミックス は、生活用品にとどまらず、自動車や航空機の構造材、IC基板をはじめとするエレクトロニクス分野、人工骨などの医療分野へと幅広く用いられています。そ の1つである圧電セラミックスは、「電気エネルギーと機械的エネルギーを変換する」という性質をもち、電圧をかけると異なる方向を向いていた原子が1つの 方向に揃うことで変形します。こうした特性を巧みに制御することで振動体や赤外線、熱を感知するセンサーなどに利用されているのです。

たとえば、人の体から発する赤外線を感知する防犯ブザー、公共の施設などの自動点灯する蛍光灯、もっと身近なところでは、携帯電話、電子スピーカー、電子 ライターなどにも利用されています。この「力を電気に、電気を力に」変える素材は、私たち現代人の生活に欠かすことのできない重要な役割を担っているので す。

圧電セラミックスに最も多く利用されてきたのは、鉛酸化物とビスマス。しかし、鉛は生体や環境に有毒であるため、ヨーロッパ連合(EU)諸国では2006 年をめどに全面的使用禁止へと動き出しています。この流れは、世界に波及しつつあり、これに変わる高性能な物質の開発が求められてきましたが、大きな成果 を見るに至っていませんでした。

そこで着目されたのが“物質自体”ではなく、動物生体の“筋肉の動き”です。
筋繊維はカルシウムイオンがくっつき、電気的興奮状態になった時に収縮をおこしますが、実は、細胞自体が伸びたり縮んだりするのではなく、2種類の筋肉繊維の“スベリ”によって起こるものなのです。
この生体運動のメカニズムを実現させうる物質を探索し、新たな圧電セラミックスをつくろうという研究が進められています。原子同士がズレやすい物質と、そ の間で滑りを円滑にさせる物質。その候補は600以上とも言われますが、すでに鉛系圧電体と同程度の伸びを示す無毒性物質も特定されているのです。私たち の生活をより豊かなものにする“地球にやさしい圧電セラミックス”が誕生する日もそう遠くはないでしょう。

これらは、ディーゼルエンジンの燃料噴射ポンプ、原子レベルで物を観るSTM(走査トンネル顕微鏡)などの産業用途から、日常生活用途の電子部品まで、新 技術のニーズが高いセラミックス市場において、大いに活躍することが予想されています。環境対応した鉛を超える圧電セラミックスは、そのさらなる進化が期 待されているのです。

 


伊藤満教授
東京工業大学応用セラミックス研究所

伊藤満 教授


 並外れた性能を持つ酸化物の「技術屋」をめざす
現在の分野の仕事を始めたのは17年前。それまでは、金属工学から材料科学、冶金工学へと、いろいろな分野の研究に取り組みました。ただ、一貫して言えるのは「ものづくり」というこだわり。これに魅力を感じるDNAは、技術屋の父から受け継いだのかもしれません。
現在、圧電セラミックスの材料として「酸化物」の研究に取り組んでいますが、最近、無毒性でかつ圧電性能が高い物質を発見しました。圧電セラミックスは、 皆さんがお持ちの携帯電話の電気部品などとして、目に見えないところで大いに活躍していますから、この発見は日常生活に革命的な利便性をもたらすでしょ う。このような成果は、ビギナーズラックを含め、“先入観にとらわれない柔軟な発想”によってもたらされたものと考えます。ある分野の専門家になってし まったら、別の分野に移って初心者になる。そしてこんな時、唯一発想のヒントとなるのは「自然」。これからも、元素周期表を片手に、「自然」から考えるヒ ントを得ながら並外れた性能を持つ酸化物をつくってゆきたいと思います。

 

トピックス

 セラミックスは、陶磁器、ガラス、セメント、ほうろう、石膏などの総称で、その語源は、ギリシャ語の「keramos」(粘土を焼き固めたもの)と言われています。プラスチック(有機材料)や金属材料に比べ、化学的安定性や、耐久性が高いため、薬品や食品に対して腐食しにくいという特性を持っています。この長所を活かして、古くから食品の器として利用されてきたのです。一方、硬度は高いがもろく、加工しにくいという弱点も持っており、これを克服するために、現在まで、多くの研究がなされてきました。そして、組織、形状、製造工程を精密に制御し、多くの新しい機能を持ったファインセラミックスは誕生しました。誘電性・磁性・光学的な面などに優れ、変幻自在なこの素材は、テレビ、磁気テープ、レーザープリンター、スペースシャトルの耐熱材料、人工歯根、太陽電池など、さまざまな場面で大活躍していています。