第111回 天然脂質に学ぶ高分子ナノ組織体の精密重合
重合しながら任意のナノ組織体を形成
大豆や卵黄に含まれるレシチン、オリーブオイルやブドウに含まれるサポニン、細胞の脂質二重膜などの天然脂質は、自然から生まれた低分子の石けん(界面活性剤)で、水に溶かすと自己集合してミセル(会合体)を形成します。そして、温度や濃度によって球状、棒状(ウォーム)、液晶、ベシクル(二重膜)などのナノ構造体に容易に変化します。化学反応を制御するマイクロリアクター、複合材料のテンプレートなどに利用されていますが、構造体の壊れやすさが問題となっています。
一方、高分子組織は構造が安定していますが、従来の合成法ではあくまでも偶然の産物として高分子ベシクルが得られるという状況でした。そこで、水に溶ける低分子モノマーを天然脂質のように自由に動かす工夫を施せば、水系で重合しながら異なるナノ構造体を自在に設計できるのではないかと考えたのです。そして、金属触媒を全く使わずに100%合成できる精密分散重合法により、同じ高分子、同じ分子量、同じ鎖長でありながら、重合時の濃度の変化に対応して球状、棒状、ベシクルという異なるナノ構造体を選択的に形成させることに成功しました。この合成法はプロセスが簡単で、金属触媒を使わないため安全で、環境負荷が低いことも特徴です。
またウォームの場合、長さの制御は今後の課題ですが、太さを制御することは可能となっています。そして、ある濃度で完全重合により形成されたそれぞれの形状は安定しており、その後溶液の濃度を変えても形状が変わらないことも確認されています。
できあがったナノ構造体は、たとえば潤滑剤として、あるいは塗料や薬剤などを封じ込めるナノカプセルなどの材料として利用することも可能です。また、テンプレートとして利用して無機材料を結晶成長させれば、ナノファイバーやナノワイヤーなども容易にできるのではないかと期待されているのです。
杉原伸治 准教授
福井大学大学院工学研究科
分子技術を駆使して、微細化の限界に挑戦
これまでさまざまな高分子合成を行ってきましたが、現在は、重合の基本とナノ組織形成に関する応用を両輪に研究を進めています。分子の形や構造を厳密に制御することにより、新たな機能の創出につなげる“分子技術”の技術体系を高分子合成の観点から構築したいと考えています。そして、カーボンナノチューブやフラーレンなどの特異的な機能を有する“ソフト”な材料を簡単につくる分子技術を確立して社会に貢献できればと思います。 材料の微細化は、既存の方法では限界があります。私は「自己組織化させながら重合」と呼んでいますが、従来のように高分子をつくり、それを成形するというのではなく、合成するときから最終形を考えて重合していくという方法を考えました。いろいろな角度からナノオーダーの材料をつくる手法を見いだし、限界に挑戦していきたいですね。
大きなものを小さくするというトップダウン方式による材料の微細化は、1mmの1000万分の1というナノの世界に突入して、限界がきていると言われています。そこで登場したのが、ボトムアップ方式とも呼ばれる、走査型トンネル顕微鏡(STM)などを使って原子や分子を操作し、ナノ構造体を組み上げる方法です。しかしこの方法では、構造体を一度に大量につくることができません。そこでボトムアップ方式の1つとして、近年注目されているのが、合成によって自然にナノ構造体を形成する自己組織化というプロセスなのです。自己組織化は、無秩序な状態にある構成要素が相互作用を起こして自律的に秩序だった構造が組み上がる現象で、DNAの二重らせん、タンパク質の三次元構造、雪の結晶、シマウマやキリンの体表模様など、自然界や生物界のさまざま所で見ることができます。 Views: 37