第126回  根粒菌に学ぶアンモニアのバイオ生産デザイン

微生物によるバイオマスからのアンモニア生産に挑戦

ミヤコグサと根粒

ミヤコグサと根粒

 ミヤコグサはマメ科の多年草で、春に黄色い花を付けているのが道ばたなどで見られる。誘導物質にさそわれた根粒菌は根に共生し、瘤のような根粒(写真下)を形成する。

大気中に大量に存在する窒素。生物にとっても、工業的にも 必須な物質だが、利用するために、非常に高いエネルギーを 消費しているのが現状だ。自然界で高効率な窒素固定を担う、 根粒菌に学ぶアンモニアのバイオ生産デザインとは?

窒素は、タンパク質や核酸など生体物質の構成に不可欠な元素であり、工業的にも金属や樹脂加工から食品保存などに至る多様な分野で利用されています。しかし、窒素分子は結合が強く、利用しやすくするために化合物に変える(窒素固定)必要があります。現在でも、100年前に発明されたハーバー・ボッシュ法によって窒素と水素からアンモニアをつくっていますが、高温高圧処理が必要であり、全人類が消費するエネルギーの数パーセントとも言われるほどの大量のエネルギーを消費していることが大きな課題です。

自然界では、マメ科植物に共生する根粒菌が、常温常圧で大気中の窒素を固定し、マメ科植物はそれを栄養源として体内に取り込んでいることが知られています。アンモニアへの変換には、ニトロゲナーゼという酵素が重要な役割りを果たしていることもわかっていますが、工業的に利用するには至って居ません。

そこで注目したのが、マメ科植物であるミヤコグサと根粒菌の共生メカニズムを、細胞内のすべてのタンパク質を網羅的に解析するプロテオーム解析によって、分子レベルで解明するというアプローチです。これまでの研究で、ミヤコグサが根粒菌を誘導して共生させ、根粒菌の窒素固定関連の酵素遺伝子群に、一斉にスイッチを入れる仕組みなどが明らかになってきました。

現在は、根粒菌や微生物を使い、植物との共生なしで、バイオマス(農林水産廃棄物)からアンモニアを合成する系の確立に向けた研究が行われています。合成したアンモニアを安全な「水素キャリアー」として使うと、爆発の危険性のある水素を運搬でき、触媒を使ってアンモニアを分解し、水素を取り出せば、燃料電池などに低コストで供給できるという未来型エネルギー生産への挑戦が進められているのです。

 

植田充美 教授
京都大学大学院 農学研究科

植田充美 教授

 細胞内物質の網羅的な解析が生物たちの生命現象を解く鍵になる

私は工学部の出身ですが、一度医学系へ移り、再び工学系に戻り、現在は農学系に所属しています。そうした経験から、学際的な研究を通じて企業とも共同研究を積極的に進め、基礎研究の成果を社会還元することを心がけています。2010年バイオインダストリー賞、2015年日本農芸化学会賞を受賞したことが、大きな励みになっています。 15年ほど前から、モノリス分析材料を用いた液体クロマトグラフィによるプロテオーム解析研究を進めてきました。モノリス分析材料は、従来のシリカ粒子を詰めた分離用カラムの常識を覆(ルビ:くつがえ)して、分離能と分離速度を飛躍的に高めたものです。ミヤコグサと根粒菌もこの分析を行い、得られた知見を活かして、立上陽平君(博士1年)と応用研究を展開しています。植物や微生物の生命現象を利用して、農林水産廃棄物から未来型の有用物をつくることが、研究の1つの柱です。私たちは「リサイクル・バイオテクノロジー」と言っていますが、その鍵になるのが、細胞物質の網羅的解析とそのビッグデータの解析の向上だと思います。

 

トピックス

 生体内では、さまざまな種類のタンパク質がそれぞれが独自の働きをすることによって、生命活動が維持されています。どのような構造のタンパク質が、どのような働きをしているのか。かつては、個別に単離したタンパク質を1つ1つ分析する方法しかなかったため、非常に時間がかかる研究でした。分離手法の進展、質量分析技術の向上、ゲノム情報データベースの整備などにより、タンパク質を総体的に捉えるプロテオーム解析が可能になったのです。 プロテオームは、protein(タンパク質)と「すべての」を意味するomeという言葉が合体した造語で、細胞内に存在するすべてのタンパク質を意味します。そして重要なことは、「すべての」分子が細胞の状態で変化することなのです。細胞活動の変化はプロテオームを通して見ると、1つのタンパク質の挙動だけではなく、連携や相互作用といった発見にもつながるのです。

 

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