第14回 タンパク質に学ぶナノアクチュエーター
生体と融合したナノデバイス
歩いたり、物を持ち上げたりする私たちの筋肉。眠っている時でも心臓は躍動し、栄養や酸素を運んでいます。こうした生命活動と切り離すことのできない「動き」は、実はそのすべてが、ナノサイズのタンパク質に支配されているのです。
例えば、腕や足の筋肉は、ミオシンというモータータンパクとアクチンというレールタンパクで構成され、モータータンパクはレールタンパクの上をたどりなが ら動く性質を持っています。こうしたミオシンとアクチンが幾重にも重なり筋繊維をつくり上げ、互いにスライドすることで筋肉の収縮が起こります。
モータータンパクの1つの大きさは約10nm。その移動速度は毎秒1μm程の非常に微小な動きですが、それらがたくさん集められることで、筋肉の大きな力 が生み出されています。また、神経細胞の中でもキネシンというモータータンパクが、核で合成された神経伝達物質を背負い、微小管というレールタンパクをた どってシナプスまで搬送しているのです。 こうした2種類のタンパク質の性質を利用し、精密な動きを形にするナノアクチュエーターが実現しようとしています。レールタンパクを基盤上に整列させ、そ の上にモータータンパクを表面に塗ったナノデバイスを撒きます。そこにATP(アデノシン三リン酸)の加水分解による化学エネルギーを与えると、レールに 沿う秩序だった生体同様の動きが再現されました。また、ATPの注入・除去をコントロールすることによって分子モーターのオン・オフを制御したり、温度管 理によって速度を変化させる研究も行われています。
そして、モータータンパクには、リニア(直線的)に動くものと、回転するものがあることがわかっています。こうしたモータータンパクと人工物をいかに上手 く融合させるか。分子レベルの物質輸送さえも可能にするこの世界最小のモーターは、産業・医療などのあらゆる分野で、その活躍が期待されているのです。
竹内 昌治 助教授
東京大学 生産技術研究所
微小機械を追求し、新分野へと挑戦する
機械屋の私にとって、回転やリニアに動くタンパク質は好奇心をかきたてる存在でした。こうした生物が持つ機能を解明し、人間が培った機械技術との融合を図 ること、それが私の研究テーマです。現在は、動くタンパク質の他に、細胞膜やその中に存在する膜タンパク質の研究も行っています。例えば、2つの人工細胞 膜の小胞に電圧を与えると、それらは細胞融合を起こし合体します。こうした知見は、薬剤の合成やクローン技術を確実に進化させるはずです。また、マイクロ デバイスに開けた複数の穴に膜を張り、さまざまな種類の膜タンパク質を組み込む研究にも取り組んでいます。この技術も、抗がん剤などがどの膜タンパク質に よって取り込まれるかという解析に利用できるでしょう。
マイクロマシンを研究するものにとって、カーボンナノチューブやナノドットなどのナノテク材料を産業用途のデバイスに応用することも大きな目標の1つです が、心臓を制御する装置と人工心臓を結ぶ体内埋め込み型の神経インターフェイスにも魅力を感じています。将来、生体の神経が機械の心臓を動かすことさえ可 能になってくるかもしれません。機械、化学、生物といった科学技術の融合が、新たな次世代産業を切り開いていくはずです。
現在、さまざまな分野でマイクロマシンが活躍しており、わずか10ミクロンくらいの大きさのものも実現しています。それを動かすには、たとえば100V程度の比較的大きい電源が必要になります。ところが、生体の駆動システムを模倣し、ATP(アデノシン三リン酸)という生体エネルギーを利用すれば、電源やコンセントが不要となり、システムをより小型化できるのです。 ATP(アデノシン三リン酸)は、酵素の働きで加水分解されてADP(アデノシン二リン酸)と無機リン酸に分かれますが、その時に1分子あたり 7~10Kcalのエネルギーを放出します。生物の運動や成長、生体内の化学反応はこの化学エネルギーによって行われています。ATPは生物のエネルギー通貨という呼び名を与えられているそうです。活動によって失われたATPは、呼吸や発酵によって補われていきます。
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