第151回  有尾両生類に学ぶ器官再生能力の秘密

四肢の再生を誘導するメカニズムを解明

イモリやサンショウウオなどの有尾両生類は、非常に高い器官再生能力を有している。そのメカニズムを利用して、非再生動物の再生能力を引きだそうとする、 有尾両生類に学ぶ器官再生能力の秘密とは?
メキシコサラマンダー(ウーパールーパー)

メキシコサラマンダー(ウーパールーパー)

 メキシコ原産でサンショウウオの仲間。ウーパールーパーは流通名。写真上は成熟個体。写真下は、皮膚を傷つけて、傷口にFGFとBMPを入れることで通常肢の上部に新しい肢を付加(過剰肢)する実験を行ったもの。新しく生えた肢は、始めは赤ちゃんの手で、その後急速に成長する。母親の胎内で手がつくられるプロセスが、局所的に再現されていると考えられる。

サンショウウオの仲間であるメキシコサラマンダー(ウーパールーパー)は、手足や尻尾のみならず、脳や心臓、腸などさまざまな器官を再生する高い能力をもっています。そうした器官再生能力を、人は進化の過程で失ったものと考えられています。そこで、あらゆる器官が再生可能なメキシコサラマンダーの遺伝子ネットワークを解明することで、なぜ人では再生能力が働かないのかという謎を解明しようという、ユニークな研究が行われています。

たとえば、メキシコサラマンダーの手の皮膚を傷つけると、皮膚の修復が起こります。こうした皮膚の再生は、人を含めた多くの動物で見ることができます。ところが、メキシコサラマンダーの手の傷つけた部分に神経を人為的に配向させると、皮膚の修復に替わって、器官再生反応が立ち上がり、新しい手ができてくるのです。これは、お母さんのお腹の中で赤ん坊の手がつくられていくというプロセスが傷口で再現されていると考えることができます。そして、これまでの研究により、神経からFGFとBMPというタンパク質(遺伝子)が出ていて、器官再生を誘導する因子であることが明らかになりました。

これらのタンパク質は人も持っているもので、実際の実験でもヒトとマウスのタンパク質を使い、メキシコサラマンダーの手を新たに生えさせることに成功したのです。そして、これらの因子を使って手以外の器官でも、再生が誘導されることが実証されています。また、有尾両生類以外の動物で、たとえば半再生動物であるカエルでの実験で手は生えなかったものの、角のような器官が伸びることが確認されています。

今後、再生動物以外の高等脊椎動物も含めてさまざまな動物で実験を行い、将来的には人の四肢再生へつなげることが、研究の最終目標です。完全な器官再生は難しいかもしれませんが、指や四肢などを切断してしまった人の新しい治療法につながるのではないかと考えられているのです。

 

佐藤 伸 准教授
岡山大学 異分野融合先端研究コア

佐藤 伸 准教授

 できないと言われたことをやる

私たちが目指しているのは、つくることが目的の生物学で、工学的要素が強いですね。手や脚が新しくつくられるのを、実際に自分の目で見ることができるので、非常におもしろいです。ウーパールーパーを使った研究はアメリカに留学しているときに始めました。2009年に帰国して新しい研究室を開いたのですが、それ以降、日本国内でも再生研究をする方が少しずつ増えてきています。器官再生を誘導する因子が特定できたことで、研究の可能性に対する社会的理解が少し深まってきたという状況です。 周囲からは、人の四肢の再生なんてできるわけがないと言われていますが、裏を返せば、「できたらスゴイ」という意味だと解釈して自分を励ましています。いまの研究の方向性に自信は持っていますので、完全再生までいかなくとも、何らかの治療法を見いだせるのではないかと考えています。時間はかかるかも知れませんが、積み上げていくことで、結果はついてくると思います。

 

トピックス

 イモリやメキシコサラマンダーなどの有尾両生類が四肢などの高い器官再生能力をもっていることはかなり古くから知られ、その秘密を探る研究も行われてきました。神経の関与が示唆されていたものの、再生反応を誘導する因子物質を実際につきとめることがなかなかできなかったということです。そして、およそ200年という研究の歴史を経て、関与する物質が同定され、再生実験にも成功したのです。たとえば、メキシコサラマンダーは、人が100%発症するといわれる発ガン物質を投与してもガンにならないそうです。また、心臓を3分の1程度切除しても再生するとも言います。高等脊椎動物での展開はまだ先のことになることでしょうが、新たな再生医療の構築に大きな期待が寄せられているのです。