第16回 モルフォ蝶に学ぶギラつかない光沢
規則性と不規則性がつくる神秘の色
マムシや孔雀の鮮やかな”翅”は、濡れたような、また金属のような、ピカピカとしたツヤをもち、見る角度によって色を変化させるという特徴があります。これは普段、私たちが目にする「色素が光を吸収することで見える色」とは異なり、表面の微細な構造に、光が反射・干渉・散乱して生まれる「構造色」と呼ばれる色です。
構造色を持つ生物の代表例は、アマゾンや中南米の熱帯雨林に生息するモルフォ蝶です。その翅は、モルフォブルーと呼ばれる独自の色を放ち、生きている宝石と呼ばれています。翅の表面はもともと茶色の色素で覆われていますが、その上に100μm程度の鱗粉(りんぷん)が、屋根瓦のようにびっしりと並んでいます。この鱗粉を拡大してみると、多くの青い筋が規則的に整列しており、さらに、その筋の1本1本が、不規則なヒダ状の棚構造になっているのがわかります。
実はこれが鮮やかな構造色の秘密だったのです。
規則正しく並んだ筋と、少し斜めになっている棚の間隔と高さのズレによって光の回折・干渉が起こり、棚の1つひとつで反射した光が強い青い色となって、ツヤがあるけれどもギラつかない、目に優しいメタリックブルーが生み出されていたわけです。
この微細な構造がもたらす”色”の研究が、産業分野でも注目されています。すでに、モルフォブルーの輝きを放つ繊維が開発されていますが、これは屈折率の違うポリエステルとナイロンを数十ナノオーダー(1ナノメートルは10億分の1メートル)で61層も積み重ねたものです。また、見る角度によって色が変わって見える塗料や化粧品用のパール顔料なども製品化されており、省エネ対応の反射型ディスプレイへの応用研究も進んでいるのです。塗料による着色は、劣化によって色落ちしますが、構造色はその構造が壊れない限り、鮮やかな色を保つことができます。印刷技術においても、劣化しないインクが誕生するかもしれません。
古くは玉虫厨子のように、自然がつくる構造色に魅了され、利用してきた人類。今、その美しさを人の手でつくり出す研究は、着実に進化しているのです。
吉岡伸也 助手
大阪大学大学院生命機能研究科
複雑な現象からエッセンスを抜き取る
以前は、パルスレーザーによる結晶構造の解析をしていましたが、たどり着いたのは、幼い頃に慣れ親しんだ、蝶を材料にした光学研究でした。自然の不思議 や、すごさに魅了される毎日です。たとえば、干渉による構造色は、見る角度によって色が変化しますが、モルフォ蝶やタマムシに学ぶことで、見る角度を変え ても色が変化しない干渉色がつくれるかもしれないのです。
このような自然の偉大さを感じる一方、構造の単純化したパターンやエッセンスを冷静に抽出し、現在では、モルフォ蝶を模倣した発色基板の試作に成功しました。また、コレステリック液晶のらせん構造が、温度変化によって空間的なパターンを形成する過程の研究も進めています。
2000年には構造色研究会も発足しました。オパールやタマムシ他、さまざまな構造色の研究者や企業が参加するシンポジウムも開催しており、毎年、基礎から応用まで活発な議論を行っています。
光の干渉は、2つ以上の光が重なることによって起こる現象です。光の波長の山と山が重なれば光は強くなり、山と谷が重なると光が弱くなり、色の見え方が変わるわけです。構造色の分類には、一枚の薄い膜の表と裏に反射した光によって起こる薄膜干渉と、何枚にも重なった膜によって複雑な相互作用が起こる多層膜干渉というものがあります。シャボン玉や油膜が虹色に見えるのは薄膜干渉、モルフォ蝶の場合は多層膜干渉によるものです。 一口にモルフォ蝶と言っていますが、実は、モルフォ蝶は約80種類いると言われます。そのすべてが同じブルーではなく、中には、白に近いもの、まだら模様のものなどもいます。膜の形や数、並び方など、微妙な構造の違いが、さまざまな色味を生みだしているのです。 Views: 238