第46回  生体に学ぶ人工膜の開発

ハイブリッド型人工生体膜の創製

生物の最小単位である細胞。その命の源を守り、育て、 生体システムを円滑に動かす役割を担った生体膜。 複雑な構造を自律制御してさまざまな機能を発現させる、 生体に学ぶ、ハイブリッド型人工膜の開発とは?
ハイブリッド型人工生体膜

ハイブリッド型人工生体膜

 開発した人工生体膜を蛍光顕微鏡で撮影。緑色の蛍光が生体様の二分子膜構造をもつポリマー膜(上段)で、赤色の蛍光が格子の中に導入した流動性脂質二分子膜(中段)。下段の写真は、2つを合体させたもの

細胞膜に代表される生体膜は、生物の命を育む重要な役割を果たしています。外界との境界として、内部物質の流出を防ぎ、必要な物質のみを選択的に取り入れる輸送の働き。また、エネルギーや栄養素などを使いやすい形に変換する代謝、有害な物質を分解する解毒作用、異物に対する防御や免疫、情報の伝達や細胞間認識などのコミュニケーションも生体膜が担っています。

生体膜は、脂質二分子膜と呼ばれる非常に薄い膜で形成され、何十種類もの脂質とタンパク質が結合して組織化され、それぞれの構造によって多様な機能を発現しています。また、膜には脂質分子が凝集して流動性の低い部分と、分子が縦横に動く流動性の高い部分があり、この流動性も生体膜が示すさまざまな機能に大きく関与しているのです。

このような生体膜を模した、人工膜の開発が注目されています。半導体の微細加工に利用する光リソグラフィーを用いて、固体基板上に、生体膜と同様な脂質二分子膜構造をもつポリマーをパターン化する技術が開発され、安定的に構造制御した膜をつくることができるようになったのです。さらに、ポリマー膜の間にタンパク質を組み込んだ別の脂質二分子膜を導入することにも成功。これによって、安定性の高い膜と流動性の高い膜、2種類の脂質二分子膜を望みの形に配置する、ハイブリッド型の膜づくりが世界で初めて可能になりました。

現在、この人工生体膜を利用して、薬物、食品添加物や農薬などを検出するナノセンサーの開発、疑似細胞に見たてて細胞内のシグナル伝達機構の解明などが進められています。生体膜の複雑な構造と機能を再現したバイオチップの開発は、生体膜の理解に役立つと同時に、創薬や診断、バイオセンサーによる環境計測など、幅広い応用が期待されているのです。

 

森垣憲一 主任研究員
産業技術総合研究所 セルエンジニアリング研究部門

森垣憲一 主任研究員

 高次機能をもった新しいデバイス開発を目指す

大学にはいるときは、ハイテクベンチャー、ものづくりへの興味があって、工学部化学科を選びました。単分子膜や脂質膜など薄膜の研究をやってきましたが、基板上で生体膜をつくる研究は、ドイツの研究所にいた頃に端緒をつかんだものです。日本に帰国してから本格的に取り組んで、6年くらいになります。学生時代から新しいものをつくりたいと思っていて、今に至ったというところです。 生体膜のすべての機能を再現することは不可能ですが、機能を切り出して特化したものをつくろうと研究を進めています。それによって、生体膜への理解も深まり、膜タンパク質の機能の解明にも貢献できるでしょう。生体膜の機能をまねたデバイスとしては、遺伝子やタンパク質の解析などに利用されるマイクロアレイ、バイオチップなどがつくられつつありますが、最終的には、生体膜のより高次な現象を再現してコントロールする、これまでにない分析装置などのデバイスをつくりたいですね。

 

トピックス

 人工生体膜の1つに、リポソームと呼ばれるカプセル状のものがあります。水にリン脂質を入れておくと、内側に水を包み込んだ二分子膜の球体が自然とできあがるのです。内側と外側は親水性ですが、二分子膜の間は疎水性という性質があり、内側には水溶性の物質を、膜の間には油溶性物質を入れることができます。古くから、物質を運ぶキャリアとしての研究が盛んに行われてきました。また、生体膜と同じリン脂質が原料で生体親和性が高く、特に、医薬分野で注目されてきました。がん細胞まで薬を運び、その細胞のみを攻撃して薬効を高めると同時に副作用を抑えようとする、ドラッグ・デリバリー・システム(DDS)の実用化研究がさまざまに行われています。