第69回 共生微生物に学ぶ植物生育促進剤の開発
植物の生育と共生菌の謎を追求
都市や砂漠の緑化推進、バイオエネルギーの原料として、あるいは石油由来のプラスチックなどに替わるバイオマス資源として、植物の力がさまざまな場面で見直され始めています。また一方で、食料危機という緊急課題も存在し、植物をいかに効率よく育てるかという栽培研究が、ますます重要となってきています。
たとえば苔類のスナゴケは、乾燥に強い、土がなくとも育つ、一年を通して水やりの必要がほとんどない、冬も枯れずに緑を保つことから、緑化資材として有望視されています。ところが、成長が遅いことが大きな課題でした。そこで着目したのが、植物に共生する微生物たちです。マメ科植物の根に共生し、肥料となる窒素の固定を行う根粒菌のように、植物の生育に何らかの形で役立っている微生物が、自然界には多く存在すると考えられます。その中から、有用な種を探査して活用しようという研究が開始されたのです。
スナゴケを液体培養し、その培養液を調べたところ、植物が葉から放出するメタノールを食べる細菌が多く存在していることがわかりました。そこで、メタノールを食べる細菌を選択的に接種してスナゴケを培養すると、接種しないものと比べて、明らかに生育が早まることが確認されたのです。また、100サンプルの植物を探査したところ、メタノールを食べる細菌はコケ以外のさまざまな植物にも共通して多く存在していることも明らかになりました。現在、稲やトマト、ダイズなどの食料作物でも単離した微生物を用いた試験研究が進められています。これまでのところ、さまざまな重要な植物に対して効果を持つ菌が発見されています。
植物と共生関係にある微生物を生育促進剤として使えば、環境に負荷がなく、自然のメカニズムを最大限に活かした効率の良い植物生産が実現するのではないでしょうか。
谷 明生 助教
岡山大学 資源植物科学研究所
植物と共生微生物の相関関係を明らかに…
私の専門は応用微生物学で、大学4回生のときから、一貫して環境汚染物質分解菌の研究を行ってきました。そして、この研究所の創立90周年記念事業の1つとして2004年に屋上緑化プロジェクトが立ち上がったことがきっかけで、スナゴケの生育促進菌の探索に取り組むことになりました。一般の植物に比べて、スナゴケを育てるのには土もいらず、水やりなどの手間もほとんど必要ありませんが、成長に時間がかかります。植物の表面にはいろいろな微生物が共生しているので、コケの成長に関与する菌が必ずいるはずだと考えたのです。 植物の共生菌の研究はさまざまに行われていますが、植物種と微生物種の相関性を解明する研究はまだほとんどありません。どんな植物にどの菌のどの機能が役立っているのかを解明することで、農業のみならず、社会にも役立つ微生物の機能を活かしたものづくりが実現できると考えています。
植物は光合成により大気中の二酸化炭素を固定していますが、一方で、大量の揮発性有機化合物(VOC)を放出しています。VOCの1つであるメタノールは強い毒性をもつ有害物質ですが、植物の葉に共生する微生物が葉の気孔から排出されるメタノールを炭素源・エネルギー源として体内に取り入れ、自らの生育に役立てているのです。そして、その対価として、成長ホルモンの合成、肥料となる窒素固定、不溶性の鉄分やリン酸カルシウム溶解するといった作用により、植物の育成を補助しているのです。このような微生物をメタノール資化性菌といいますが、植物の多くに共生しています。物質の循環の中で、微生物は実にさまざまな役割を果たしているのです。 Views: 41