第73回  木目に学ぶ自然なデザイン論の確立

木目の不揃いなパターンを科学する

私たちの暮らしの中に、ぬくもりや自然の風合い、 優しい色味や深みをもたらしてくれる木材。 再生可能な生物資源である木材をより快適に、高度に 利用するための、木目に学ぶ自然なデザイン論とは?
さまざまなパターンの木目

さまざまなパターンの木目

 本物の木や画像処理したさまざまな木目パターンを使って調査し、木質感を定義する複数のファクターを抽出・評価している。写真の中で、左上から右下に斜めに並んだ4つの木目は実はニセモノ(木目が直線)だが、本物の特徴を盛り込んであるので、言われなければ気づかない。

住宅をはじめ、家具や生活雑貨など、木材は古くからさまざまなものに利用されてきました。そして近年、石油由来資源への過度な依存からの脱却、二酸化炭素(CO2)の排出削減という視点から、再生可能な生物資源である木材の活用が改めて見直されています。そうしたなか、いま木材の意匠性を科学するというユニークな研究が注目されています。

樹木が年輪を重ねる過程で形成される木目模様は、成長のリズムを反映した周期性をもちながらも、気候の変化などにより年輪の幅が変わったり、色の濃淡が現れたりします。そのため、1本の木から切り出した材でも、木目のパターンや風合いは全く異なったものになるのです。そして、その不揃いさこそが、味わいや自然の風合いというものを感じさせてくれるのですが、フローリングのような大面積で使用する際にはクレームの要因にもなっているのです。

そこで、コンピュータ・グラフィックスと画像解析法を用いてさまざまな木目模様を作成し、パターンや色の濃淡のわずかな違いで人の印象はどう変化するのか、その調査が開始されました。また、不揃いな木目は、私たちの視覚情報に何を引き起こしているのか。人は、木目のどこを見ているのか。心理反応や認知反応などの手法も組み合わせて評価の鍵となる要素を抽出し、それを数値化することによって、人が自然で心地よいと感じる木目や色味の最適値を導きだし、より快適な木製品のデザイン開発に生かそうという研究が続けられています。

木の良さを科学することで、人が愛着をもち、長く使い続けてもらえるような、五感に訴えるデザインを開発する。実現すれば、住環境をはじめ、さまざまな木製品に展開することで木材資源の利用を活性化すると同時に、環境問題の解決にも大きく寄与すると期待されているのです。

 

仲村匡司 講師
京都大学大学院 農学研究科

仲村匡司 講師

 「なぜ木は人に良いのか」科学的に明らかにする

「節は見た目に悪いのか?」というテーマで卒業研究を行っていたとき、自分のプログラミングミスで予想もしていなかった画像がコンピュータ画面に現れました。漆黒の空間に星がたくさん輝いているような画像で、「木には宇宙が潜んでいる…!」と、ついつい見とれてしまいました。こういう“神秘体験”をしてしまうと、自分がやっていることががぜん面白くなるものです。以来、木目模様の秘密を解き明かすために、木材と人のより良い関係を数量的に示すことにこだわりながら研究を進めています。 政府は10年後の木材自給率を50%以上にするプランを打ち出しており、木材利用の拡大と高度化に関する研究が今後いっそう推し進められるでしょう。人の心身にとって好ましい木材利用を実現するために、「なぜ木は人に良いのか」を客観的かつ科学的に示していきたいと思います。

 

トピックス

 2009年12月、農林水産省は「コンクリート社会から木の社会へ」と銘打った森林・林業再生プランを打ち出しています。森林資源を最大限に活用することで、地球温暖化防止や生物多様性への貢献、新たな雇用の創出などを目的とするものですが、実現に向け、2020年までに木材自給率を50%アップするという目標を掲げています。 近年、間伐材や建築廃材、畜フン、稲わらやもみ殻など、バイオマス(生物由来資源)の有効活用が注目され、エネルギー利用などが活発に行われています。また、バイオエタノールやバイオプラスチックなどの新しい研究もさまざまに進められています。その一方で、国産材そのものの利用はなかなか進んでいないのが現状だったのです。建築物、家具、小物など木質製品を長く大切に使い、可能な限りリサイクルし、最後にエネルギーとして燃やす。そうした段階的なカスケード利用が、森林資源を最大限に活用することに他ならないのではないでしょうか。