第81回  鳥類の免疫システムに学ぶ抗体生産

生体の免疫システムを試験管内で実現

自然界に存在するさまざまな病原菌に対して、身を守るために免疫細胞が生産する抗体。DNAを再編成することで多様な抗体を自在につくりわける、 鳥類の免疫システムに学ぶ抗体生産とは?
鳥類の免疫システム

鳥類の免疫システム

 鳥類の免疫細胞では、1個の遺伝子の配列が他の配列に置き換えられるジーンコンバージョンによって、さまざまな種類の抗体を自律的に生産している。ニワトリ免疫細胞由来のDT40を培養し、この仕組みを試験管内で実現することで、多様な抗体を短時間で生産可能になった。写真はイメージ。

副作用がほとんどなく、薬効が長期にわたって持続するなどの利点から、近年、抗体医薬が注目され、さまざまなガンや免疫不全用の治療薬が開発されています。抗体は、高等動物がウイルスなどの外敵を無害化したり殺傷したりするために自らの体内で生産するタンパク質で、数千万?1億種類あると言われています。しかし、すべての抗体の遺伝子がもともと体内にあるわけではなく、免疫細胞で遺伝子の再編(ジーンコンバージョン)が行われ、抗インフルエンザウイルス、抗エイズウイルスなどさまざまなパターンの抗体がつくられているのです。

特に、鳥類でこの免疫システムが発達しており、その遺伝子再編のメカニズムに注目し、それを再現する研究が行われてきました。そして、ニワトリの免疫細胞から発見されたDT40細胞を利用して、生体内での抗体生産システムを試験管内で実現することに世界で初めて成功し、すでに実用化されています。

従来の方法ではワクチンを打って抗体ができるのを待つため、抗体の生産には数カ月以上かかっていました。ところがこのシステムを利用すると、生産時間をわずか1、2週間に短縮できます。最近の研究で、トリ型抗体からヒト型抗体を自動的につくる技術も確立されました。たとえば、インフルエンザなどのワクチンは、無毒化した病原菌を体内に入れて抗体をつくる予防薬です。一方、抗体医薬はすでに発症した患者の治療薬として利用でき、その実現に向けた研究が進んでいます。

また、ダイオキシンなど環境ホルモンのモニタリング用の抗体や、酵素活性をもたせることで有害物質を分解したりできる抗体など、新規な抗体生産の研究も行われています。生体物質である抗体は、医療の進歩のみならず、さまざまな分野に貢献する大きな可能性を秘めているのです。

 

太田邦史 教授
東京大学大学院 総合文化研究科

太田邦史 教授

 新種のウイルスにも即時に対応できる抗体医薬システムの構築

抗体は、決まった相手にしか反応せず、異物として認識されるさまざまなものに対して作製できる付加価値が高い分子です。医学に限らず産業利用でも注目されており、世界で活発な研究が行われています。私たちが開発した抗体生産システム「ADLib(アドリブ)」は、さまざまな抗体遺伝子をもつ1億個あまりの細胞でライブラリーを構築し、そこから目的とする抗体を容易に精製することを可能にしたもので、他に類を見ません。 現在は、完全なヒト抗体を簡易につくることで、たとえば新型の伝染病が発生するなど有事のときにすぐに対応できるような医療システムを構築したいと考えています。その実現は、結構、近いところまで来ているんですよ。また、さまざまな低分子を利用して、これまでにない抗体をつくることで、科学全体の進歩に貢献できればと考え、研究を進めています。

 

トピックス

 抗体は血液中で生産され、体内に侵入してきた細菌やウイルス、さらにそれらに侵された細胞など(抗原)と結合すると、白血球やリンパ球などがその複合体に働きかけて免疫反応を引き起こすのです。それぞれの抗体は、決まった相手にしか反応しないという特異性をもっています。そのため、たとえばA型インフルエンザに効く抗体は、B型には効かないのです。逆に言えば、あるガン細胞に対する抗体は決まったガン細胞のみを攻撃するので、副作用が少ないと言えるのです。 また、抗体は汎用性があり、異物として認識されるものであれば何に対しても作製が可能であることも大きな特徴です。そこで、医療分野以外でも、さまざまな物質の検出、中和、分解などに利用する研究も活発化しており、環境技術としても注目されています。