第85回 生体関節に学ぶ高機能高分子の創製
軟骨の構造を模した複合材料
低摩擦で潤滑性の高い材料は、製品の品質を向上させ、その寿命を延ばしたり、省エネルギーや環境負荷の低減にも貢献するため、さまざまな分野で利用されています。低摩擦材料を実現する方法の1つに、物質表面にポリマー鎖を生やしてブラシのようにする技術があります。従来は鎖が丸まった状態をとる比較的低密度のブラシしか生やすことができませんでしたが、精密重合により鎖の長さを制御し、ほぼ伸びきった状態で高密度に生やした“濃厚ポリマーブラシ”が開発されました。これにより、従来技術と比べて1000倍ほど低い摩擦係数が達成されています。
この技術をゲルに応用し、超低摩擦な材料をつくる研究が行われています。ポリマー主鎖に側鎖を生やし、試験管ブラシのような円柱状のボトルブラシを合成、それを架橋してゲル薄膜をつくるというものです。摩擦係数としては目標の達成に成功しましたが、できた薄膜はもろいという欠点がありました。そして、より強固なフィルムをつくるために注目したのが、潤滑性が高い生体関節軟骨でした。
軟骨は、コラーゲンファイバーとプロテオグリカンと呼ばれるボトルブラシ状の会合体が階層構造をなし、静電相互作用の助けも借りて、強くて低摩擦を実現しています。これを模して、セルロースファイバー(ナタデココ)と高密度グラフトポリマー(ボトルブラシ)の複合化を試みたところ、イオン基を付与せずとも“濃厚ポリマーブラシ”と同等に超低摩擦特性が得られ、しかも丈夫なフィルムができたのです。
現在のところ、ポリマー鎖は有機溶媒によって膨潤していますが、水で実現できれば人工関節への応用も考えられます。また、イオン液体などの機能性溶媒との複合化、用途に応じたグラフトポリマーのデザインにより、医療や工業利用など多分野で利用できる超低摩擦材料へと展開する大きな可能性を秘めているのです。
辻井敬亘(よしのぶ) 教授/中原 亮さん
京都大学 化学研究所
物性研究の知見を新しい構造体設計に活かす
摩擦・摩耗・潤滑を制御するトライボロジーという学問は、20世紀に表面化学が発達したことにより確立されてきました。物質同士がナノスケールでどういう相互作用をしているのか、そのメカニズムを明らかにすることで、積極的に摩擦・潤滑などを制御できるようになったのです。 われわれの研究室では、高分子の合成研究と物性研究を併せて行っています。物質の機能は構造によって発現しますから、まず構造のしっかりしたものを合成し、その物性研究を通して機能発現のメカニズムを明らかにします。さらに、その知見を生かして新しい高機能高分子の設計図をつくることが目標です。高次構造を制御した新しい構造体を、特殊な装置や特殊な理論で研究するのではなく、シンプルな装置、シンプルな理論で理解してもらえるような開発をしていきたいと思っています。
低摩擦性、耐摩耗性、潤滑性に優れる材料を総称して、トライボマテリアルといいます。その素材は、金属、セラミック、プラスチックなどの高分子、炭素系材料などさまざまです。産業機械、家電、精密機器、自動車、宇宙航空、医療機器や人工関節など多様な分野で欠かせない部材となっています。トライボロジー技術は、さまざまな機器の性能と寿命を向上させることで省エネルギーや省資源、環境負荷の低減にも貢献しているのです。 たとえば人工関節は、その寿命が10年?15年といわれており、運動量が多い人の場合はさらに短くなります。交換するためには当然、手術が必要となるため、少しでも長寿命で生体に優しい材料の開発に大きな期待が寄せられています。 Views: 37