第105回 生物の表面構造に学ぶ機能性材料の創製
自己組織化で形にするバイオミメティック・デザイン
生物は、さまざまな技術で生息環境に適応しています。たとえば、水をはじいて汚れを寄せつけない撥水性、光を反射しない眼の構造…。そのような技術の多くは、体表面に形成された階層的微細構造が起因となっていることが明らかにされてきました。また、生体内でものの形が自然に組み上がる“自己組織化”のプロセスも注目されています。自己組織化は、汎用元素を利用して小さなエネルギーでものづくりが可能となるため、低コスト化や環境負荷の低減を進めるために、材料開発に活かそうとする研究が活発化しています。
自己組織化の手法として、湿式製法で高分子薄膜をつくるときに発生する結露現象に着目したユニークな研究があります。ハニカム状に水滴を配列させて蒸発させることで、ナノからマイクロメートルの領域で、規則的に孔が並んだ多孔質薄膜の開発に成功したのです。水滴が細孔の鋳型となるわけです。また、その薄膜の上下を剥離したピラー(柱状)構造膜、無電解メッキやエッチングによる金属とのハイブリッド膜などもつくられています。
これらの薄膜を使って低摩擦材料を創製する研究も行われています。たとえば砂漠に生息するトカゲやヘビは砂の中を泳ぐように移動しますが、体表面の摩擦抵抗が極めて低いために砂にすれて体が傷つくことはありません。そして、ヘビの体表面は平滑ではなく、ハニカムのような微細構造を有していることが明らかになっています。そのような構造に倣い、潤滑剤を用いずに金属表面の摩擦特性を制御しようという研究が進められています。摩擦特性が低くなれば、金属の耐久性が向上し、製品寿命が長くなります。
この多孔質膜の応用研究では、バラの花びらの構造を模倣した撥水性と親水性を合わせもつ金属-高分子ハイブリッドシートも開発されており、生物のさまざまな構造に倣った、バイオミメティック・デザインに大きな期待が寄せられているのです。
下村政嗣 教授
東北大学 原子分子材料科学高等研究機構
多分野の研究者と連携し、生物規範工学の創設を目指す
1970年代、酵素や生体膜などを分子レベルで模倣する「バイオミメティック・ケミストリー」が世界的な潮流を起こしましたが、90年代になると研究のブームは、ほぼ収束してしまいました。ロボティクスやセンサーなど機械工学分野でもバイオミメティクスは注目されていますが、今世紀になって、材料分野において新潮流と言えるバイオミメティクス研究が欧米を中心に隆盛してきています。生物学、博物学とナノテクノロジーの研究者が連携することで、生物に倣った新しい機能性材料が生まれているのです。 我々はこのほど、生物多様性に学んで新たな技術規範を体系化する「生物規範工学」の創設に乗り出しました。目的の1つは、さまざまな分野の研究者が連携し、生物資源と研究知見などを統合した「バイオミメティクス・データベース」の構築です。そして、生物の技術体系を元に新たな材料やディバイスを開発することで、持続可能な社会の実現に貢献したいと考えています。
材料開発における、バイオミメティックス(生物模倣)研究は、生物の得意な機能を発現する微細構造を人工的に再現するナノテクノロジーの進展に伴って活発化してきています。産業革命以降の科学の発展により、人間はさまざまな人工物をつくりあげて利用してきました。しかし、そこには大量の資源とエネルギーが投入され、資源やエネルギー問題、環境問題を引き起こしました。一方、生物は汎用元素を使い、自己組織化という仕組みで小さいエネルギーでものづくりを行い、リサイクルやリユースにも優れた技術を有しています。レアメタルに限らず、さまざまな資源に限りがあることは明らかであり、持続可能な社会の構築のために、いま、バイオミメティックスに期待されることは大変大きくなっていると言えるでしょう。 Views: 115