第106回  植物に学ぶ開花促進の分子機構

“花咲かホルモン”で開花を制御

イネの花

イネの花

 8月、顔を出したばかりの稲穂に、白くて小さな花をつける。天気の良い日、気温が30℃を超えて空気が乾燥してきた午前11頃に咲くと言われている。つぼみが割れるとおしべが伸び、やがてめしべが受粉すると、めしべの下にある緑色の部分が膨らんでお米ができる。花は2時間くらいで閉じてしまう。

1年の決められた時期に花を咲かせるさまざまな植物。 花芽の形成を司る“花咲かホルモン”フロリゲンと その活性化を促すタンパク質との相互作用の秘密、 植物に学ぶ開花促進の分子機構とは?

植物が日の長さ(日長)の変化に対応して反応を示すことを光周性反応といいますが、その1つが花を咲かせることです。日長の変化で季節を知り、毎年同じ時期に花芽をつけるのです。そこには、どのようなメカニズムが働いているのでしょう? 実は70年以上も前に、葉でつくられた物質が茎の先端(茎頂)へ運ばれて花芽を形成するという概念が提唱されています。その物質は“フロリゲン”と名付けられました。植物が栄養成長から生殖成長へと切り替わるスイッチとしての役割を果たす物質と言えますが、その実体は不明のままでした。

その後の研究で、シロイヌナズナから花芽形成に関わるFT遺伝子が発見されました。また、イネではHd3a遺伝子が相同であることが確認されました。そして近年、さまざまな研究が進められ、葉でつくられたFT/Hd3aタンパク質が維管束を通って茎頂へ運ばれ、茎頂にある受容体タンパク質と結合して核に入り、さらにDNA結合タンパク質と複合体を形成することが確認されたのです。その複合体が、花芽形成遺伝子の転写を活性化することが明らかになり、立体構造解析にも成功しています。フロリゲンはFT/Hd3aタンパク質であり、複合体が開花を促進するのです。

そして、イネのフロリゲンを用いることで、イネの開花日数を半分以下程度に短くできることや、1年中キクを開花させたり、ジャガイモを形成させることができることなど、植物種を超えて有効に働くことも実証されています。安価な人工フロリゲンが開発できれば、現代版“花咲かじいさん”として、開花時期の安定化、作物生産量の増強などにより食料問題の解決に寄与すると考えられています。

また、フロリゲンには活性型以外に抑制型があることも分かっており、花を咲かせないことで大きく成長させれば、バイオマス資源として有効利用でき、環境問題にも資すると期待されているのです。

 

児嶋長次郎 准教授
大阪大学 蛋白質研究所

児嶋長次郎 准教授

 生命機能を人工的に制御する

私の恩師は水素結合の専門家で、世界で初めて塩基対の形成を証明しました。恩師からは、数万の遺伝子の中のたった1本の水素結合の違いで生物に起こる現象を大きく変えてしまう、生命における分子認識の面白さを教わりました。 生物は、水素結合など特異的でありながら少し弱い力を使ってものづくりをしています。くっつけたり、離したり、形を変えたり、微妙な加減で特異性のあるものづくりをしているんですね。私の夢は生物の分子認識を立体構造情報から理解し、生命機能を人工的に制御することです。現代版“花咲かじいさん”は、その理想型のひとつ。生物をマシンとしてとらえ、そこから学んだものを人工的に再構築してものづくりに利用していきたいと考えています。そのためにも、生体内で働いている状態のタンパク質や核酸の立体構造を決定することが重要になるんですね。

 

トピックス

 植物の光周性反応による花芽形成は、大きく3つに分類することができます。1つ目は、1日のうちの明るい時間が一定以上に長くなると花芽を形成する長日植物。2つ目は、暗い時間が一定以上に長くなると花芽を形成する短日植物。3つ目は、日長に関係なく花芽を形成する中性植物です。長日植物の代表的なものは、ダイコン、ホウレンソウ、コムギなど。短日植物の代表例は、イネ、キク、ダイズなど。また、トマト、キュウリ、トウモロコシなどは中性植物になります。フロリゲンはこうした植物間で共通であり、そのためイネのフロリゲンを用いてイネの成長を制御するだけではなく、キクの開花を調整したりすることが可能なのです。 また、フロリゲンが花芽形成だけでなく、植物の成長における多様な局面に関与していることも明らかになりつつあります。

 

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