第132回  生物の群れ行動に学ぶ自律協調システムの探求

アリの集団行動の秘密を解明し、無生物に応用する

アリの採餌行動と脳内物質の変化

アリの採餌行動と脳内物質の変化

 人工的に用意したフェロモンをたどって餌を探し続けるアリは、餌を口にしたとたんに脳内スイッチが入り、自らフェロモンを放出しながら直線距離で帰巣行動をとる。それぞれの写真の左側に見える黒い塊が巣で、下段の写真の円周上に丸く見えるのが餌である。2枚の顕微鏡写真は、餌を採る前(写真上段)と採った後(写真下段)のアリの脳内の一酸化窒素を蛍光観察したもので、採餌後に増大しているのが見て取れる。

特定のリーダーもなく、複雑な情報のやりとりもせずに、自律的に協調して集団行動をとる生物たち。 シンプルなルールで大きな群れの制御を可能にする、 生物の群れ行動に学ぶ自律協調システムの探求とは?

アリ、魚、鳥の群などは、個々の相互関係や局所的な情報伝達によって、衝突や渋滞などの大きなトラブルを引き起こすことなく集団移動を行っています。このような生物の集団行動は、膨大な量の情報処理を必要としない自律的協調システムのモデルとして注目され、さまざまな研究が行われているのです。

集団生活を送るアリは、巣の保全、警備、餌の調達など役割り分担をしていますが、その際の情報交換に使われるのが、数種類のフェロモンと呼ばれる化学物質です。円を描いた線上にアリから抽出した“道しるべフェロモン”を塗布し、アリの採餌行動を観察する実験を行うと、アリは円に沿ってウロウロと探し廻ります。そして、巣とは反対側の円周上に餌を置くと、餌を発見したアリは、体内からフェロモンを放出しながら直線距離で巣に持ち帰ります。この新しいフェロモンの強い匂いを感知した他のアリたちは、次々と同じ行動をとり、有名なアリの行列が形成されるのです。

これは、餌を探すためにフェロモンの匂いを追いかけていたアリが、餌を口にした瞬間に脳内スイッチが入り、行動が一変することを示しています。アリの脳内物質の変化を分析するなかで、脳内報酬作用を示すと考えられる一酸化窒素(NO)の値が大きく増大していること、NO阻害剤を投与すると再び餌を探し始めることなどが明らかになりました。

またアリの実験と並行して、樟脳(ル:しょうのう)船や、新たに開発した酵素反応などで自走する無生物を使い、集団走行中の様子や個体間の相互作用などを検証し、無生物実験から得られた知見を生物実験と比較検討する研究も行われています。特定のリーダーが統率するわけでもなく、局所的な情報交換で集団行動をとる生物の秘密を解明し、自動輸送システムや生産システムなどに応用できる、具体的な自律協調システムの提案を目標に多角的な研究が進められているのです。

 

広島大学 大学院 理学研究科
西森 拓 教授(前列左)/中田 聡 教授(後列左から2番目)/泉 俊輔 教授(後列右から2番目)/藤井秀行さん 大学院生(撮影時)(後列左端)/山中 治さん 大学院生(後列右端)京都工芸繊維大学 生物資源フィールド科学教育研究センター 秋野順治 教授(前列右)

広島大学 大学院 理学研究科

 異分野の情報と実験を共有することで連携研究が進展する

この研究は主に、数理モデルの提案と実験・解析(西森)、タンパク質を中心にアリの脳内物質の質量分析(泉)、無生物モデル実験(中田)、フィールドワーク・実験(秋野)という役割り分担で行っています。広島大学では、数学、生物学、化学の学生たちを融合教育しようという目的で16年前に数理分子生命理学専攻が設立されました。いろいろな先生の共同研究が行われていますが、今回のプロジェクトでは、昆虫研究の専門家として外部から秋野先生に加わっていただくことになったのです。大きなポイントは、それぞれの学生たちが間に入って専門外のことに関わり、異分野連携が成り立っているということです。専門外のことは率直に意見を聞き、情報や実験を共有することが新たな発見につながり、研究が一歩ずつ進展していることを実感しています。

 

トピックス

 集団生活をする働きバチや働きアリは、通常では、個体の識別ができません。現在、超小型のRF(無線)タグをアリの体に装着することで、個体を識別しながらアリの活動を自動的に計測するシステムの開発が、メーカーとの共同研究で進められています。今後は、個体別の活動が、全体の活動にどのように影響するのかなどが調査される予定です。こうしたRFタグを使った研究により、集団活動を営む生物の詳細な生態が明らかになり、自律的協調行動を制御する秘密が見えてくるのではないかと期待されています。