第24回  自然の造形に学ぶ機能性材料

水滴がコロコロ跳ねる超はっ水性の秘密

精巧な幾何学模様、微細な突起や溝。自然界が生みだした複雑な造形は、生物に固有の優れた機能をもたらしている。 機能性材料に結実した、自然の造形に学ぶ新技術とは?
超はっ水性を示すハスの葉

超はっ水性を示すハスの葉

 植物の葉は、一般に保護膜となるワックス成分をもっている。たとえば、椿の葉などにもワックス成分があるが、その表面はほとんど平らで、水滴をたらすとつ ぶれて広がってしまう。一方、ハスの葉の表面は、ナノチューブ状の突起が微細な凸凹構造となっており、ワックスの効果とこの構造の組み合わせによって、水 滴が丸いままコロコロと転がる。

生物は、常温常圧という省エネルギー環境で、無害な物質を合成し、さまざまな微細構造をもつ不思議な“形”をつくりあげています。飛ぶ、泳ぐといった動 き、エサや天敵を察知するセンサー、外敵から身を守るための擬態や保護色、あるいは光合成によるエネルギー変換。生物がもっている、こうしたさまざまな機 能は、実は、その“形”が引き出しているのです。

雨上がりの池で、ハスの葉の上でコロコロと転がる水滴を見て、興味を引かれたことはないでしょうか。ハスは、葉の表面の特殊な凸凹構造によって水を弾くメ カニズムを生みだし、汚れが付着するのを防いでいるのです。この超はっ水作用による自浄効果を工業利用しようと、ハスの葉状の微細な突起加工を施した厚さ 1μメートル程度の超はっ水薄膜をつくる技術が開発されました。しかも、ハスの葉にはない透明性をもたせることにも成功しています。

ガラス、セラミック、金属、紙など、いろいろな素材へのコーティングが可能になった超はっ水薄膜。この膜処理を施した構造材や精密部品、建材をはじめ、水 に強いと同時に汚れない製品が普及すれば、洗浄水の利用等を抑えることができ、貴重な水資源の保全にも貢献します。自然界に見られるらせんやジグザグなど の形を学んで、この微細構造を制御すれば、環境ホルモンなどの有害物質を検出する化学センサーへの応用が可能です。さらに、超はっ水と親水性のパターンを 用いて、毛細血管などの生体材料をつくる細胞培養に利用する研究も進んでいます。

同じ材料でも、少し形が違うだけで多様な機能を発現する、生物の造形に着目した材料開発。それは工業利用にとどまらず、医療、環境など多分野で、21世紀の課題を払拭する付加価値の高い物質を生み出す可能性を秘めているのです。

 

高井 治 教授
名古屋大学 エコトピア科学研究所

高井 治 教授

 バイオミメティックスが拓く持続可能な社会

学生時代に、『Art Forms in Nature』(エルンスト・ヘッケル作)という名著に出会いました。そこには、ケイ藻、放散虫といったプランクトンなどの骨格が描かれており、自然界の 不思議な形、信じられない複雑な立体構造、美しいシンメトリーに魅せられ、いつかこんなものを自分の手でつくれたら面白いと思っていました。 そして、10年ほど前から、生物の形と機能、それが合成されるメカニズムに視点を据えた、「バイオミメテック(生物模倣)材料プロセシング」を実践してき ました。生物に学ぶべきことは多く、追いつくことはとてもできませんが、その一部でも良いところを取り出し、使っていくことで、持続可能な社会づくりに貢 献できると信じています。

 

トピックス

 バイオミメティックス、あるいは、バイオミミクリという言葉が認知され、自然や生物、生体に学ぶものづくりが近年注目されていますが、振り返って見れば、実は、その歴史ははるか昔にさかのぼることができるのです。 たとえば、かのレオナルド・ダヴィンチに、ヘリコプターを着想させたと言われるのが、空中で静止したり、バックするハチの飛行術です。19世紀半ばに開催されたロンドン万博では、世界初の鉄とガラスによる建築物「水晶宮」がお目見えしましたが、これはプレハブ建築の先駆であり、人が乗っても沈まない巨大なハス「オオニバス」の葉脈の構造を研究した成果だと言われています。また、高価な天然のシルクを真似て、丈夫で美しいナイロンという人工繊維が発明されたのは1935年のことでした。 最近では、反射率を抑えて光の透過を増大させる蛾の目の突起構造を太陽電池に活かす研究、生物が生産するバイオミネラルを環境浄化に利用する研究、休眠や変態を行う生物の分泌物を医療に活かす研究など、実にさまざまな分野で、生物の構造や生態のメカニズムを解明し、利用する研究が行われています。自然は、そうした視点からも、大切に保護・育成していかなければならない宝だと言えるのではないでしょうか。