第25回  酢酸菌に学ぶ材料設計

三次元構造を自動構築するナノビルダー

再生可能な有用資源として活用が進むセルロース。 その生産者として、酢酸菌が注目されている。 培養液の中でセルロースファイバーをつくり続ける酢酸菌に学ぶ材料設計とは?
ナタデココ/ペリクル

ナタデココ/ペリクル

 酢酸菌はセルロース繊維を分泌し、化学的にはペリクルと呼ばれるセルロースゲルをつくる。これをシロップ漬けにした食べ物がナタデココ(写真)である。幅 が数ナノの繊維が酢酸菌の体外に排出されると、繊維同士が凝集し、最終的に幅40~60nmのリボン状繊維を形成する。この繊維を排出した反作用で、さま ざまな方向にそれぞれの菌が動き回るため、繊維が三次元にからみあった状態になる。

糖分を吸収して、セルロース繊維を分泌する酢酸菌。ココナッツミルクの海を、幾多の酢酸菌が縦横無尽に動き回り、セルロースゲルができあがります。これをシロップ漬けにしたものがナタデココであることは、ご存じの方も多いでしょう。

酢酸菌がつくるセルロースゲルは、植物性セルロースより純度が高く、ナノ繊維が三次元の網目状ネットワークを形成しているため強靱です。その特性を活か し、工業材料としても利用され始めています。たとえば、圧縮してできるフィルムシートは、音響効果を高めるスピーカー用のコーン紙や合板の補強材などにす でに使われており、樹脂を塗布して、折り曲げ可能な超薄型ディスプレイへの応用なども検討されているのです。

そして、思い通りの形に材料をつくらせるナノビルダーとして、酢酸菌を使う研究が注目されています。培地の上に生体高分子でつくったレールを配置すると、 そこに排出されたナノ繊維が吸着し、酢酸菌がそのレール上を行き来して、繊維が一方向に整列したフィルムができるのです。酢酸菌は、セルロース繊維を分泌 しながら、繊維を体外に排出する反動で、自分自身の体を動かして走行しています。その本能を逆手に取り、レールで動きを制御しようというユニークな発想が 生んだ成果です。さらに、セルロースでハニカム構造の土台を築くと、その六角形の枠に沿って酢酸菌がくるくると動き、繊維が高さ方向に積層して三次元構造 を構築することも実証されました。

こうしてつくられた立体ハニカムフィルムは、ろ過膜や輸血分離用血液フィルターなどの医療材料、あるいは細胞壁モデルや動物細胞を培養する足場、ナノ粒子 をつくる鋳型などとして利用できるでしょう。ハニカムをプラットフォーム(反応場)として、無機材料や有機-無機の複合材料を合成する研究も進んでおり、 ナノ・マイクロ材料開発に大きく道を拓くと期待されているのです。

 

近藤哲男 教授
九州大学 バイオアーキテクチャーセンター

近藤哲男 教授

 水と生物機能を用いて、新たな材料構築法を探る

自然界では、形、色彩、動きなどのさまざまなパターンと、生物の営みにおける機能とが密接に関連しています。それらのパターンに学びつつ、新たなパターンをデザインすることで、自然に見られる以上の優れた性質や機能を引き出すことができると考えています。 生物を利用した材料形成は時間がかかるため、工業的にはどうかとよく言われます。しかし、エネルギーを使わずにものづくりができるのです。これからのもの づくりは、時間軸とエネルギー負荷の双方向を見ながら進めていく必要があるでしょう。私の所属するバイオマテリアルデザイン研究室では、サイエンティ フィックでありながら、美しい研究開発をモットーに、「水と生物機能を用いるバイオ錬金術:Bio-Alchemy」を駆使して新たな材料の構築法を探究 しています。

 

トピックス

 酢酸菌などのバクテリアがつくるセルロースは、マイクロバイアルセルロース(=バクテリアセルロース)と呼ばれています。マイクロバイアルセルロースの繊維幅は、植物セルロースに比べて100分の1~1000分の1という細さ。その極細の繊維が複雑に絡み合うことで、アルミニウムシート並の強さが生まれるのです。 天然のセルロースには、この他に、ホヤセルロースがあります。ホヤは、俗に海のパイナップルと呼ばれる海産動物で、古くから食用とされ、養殖も盛んに行われています。現在、ホヤは、体内でセルロースを合成することが確認された唯一の動物であり、本来バクテリアが持っているセルロース合成遺伝子が、進化の過程で取り込まれたものだと言います。 バクテリアセルロースと同様に、ホヤセルロースを利用する研究もさまざまに進められていますが、さらなる未知の天然セルロースが発見される日もくるかもしれません。