第29回  植物に学ぶポリマーの合成

二酸化炭素からつくる新しいプラスチック

地中や海底へ貯留する技術開発が進む一方で、二酸化炭素を資源として利用する方法が注目され始めた。 “捨てる”から“活用”へと道を開く、植物に学ぶプラスチック開発とは?
マングローブ

マングローブ

 熱帯・亜熱帯地域の河口付近や海岸線など、海水と淡水の混じり合う汽水(きすい)域に生育する樹木の総称。マングローブ林は、一般の森林に比べて数倍の二酸化炭素を吸収・固定すると言われている。

光合成によって、水と二酸化炭素からブドウ糖を合成する植物。そのブドウ糖を利用して、体に必 要なセルロースやアミロースなどの天然ポリマーを自らつくり、植物は生きています。そして、枯れれば土に還って水と二酸化炭素に分解され、再利用される循 環の仕組みが、そこには存在しています。

植物のように、二酸化炭素からポリマーをつくることは難しいのでしょうか? 実は、石油由来の原料であるエポキシドと二酸化炭素を50%ずつ混ぜてポリマーをつくる方法は、すでに40年ほど前に確認されています。これまでは、反応 効率やコスト、市場性の問題などから実用化は進展しませんでしたが、新しい触媒の開発によって、その道が大きく開かれようとしています。

ある種のエポキシドを原料にする場合、従来の方法では、組成は同じでも分子構造の異なる「光学異性体(キラル分子)」が半分づつできてしまいます。これ は、右手と左手のように、鏡に映すと形がピッタリ重なるのに、ある分子がそれぞれ左右に結合しているために、極端に言えば“薬”と“毒”くらいに特性が異 なってくる一対の物質を指します。最近になって、結合するエポキシド分子の向きを制御する特殊なキラル触媒が開発され、一方のポリマーだけを効率よく合成 できるようになりました。

また、反応が進み、原料が少なくなり溶液の濃度が低下すると、溶液中のエポキシドを使い切る前に合成が止まってしまうという課題もありましたが、これを回 避する触媒も開発されました。この触媒によって反応が完全に終了した溶液に別種のエポキシドを加えれば、2種類のポリマーをつなげて、これまでにないプラ スチックをつくることも可能になります。原料をムダなく使い、さまざまな高分子を効率良くつくりわける技術が、今まさに実用化に向けて動き出しています。 二酸化炭素を原料にしたプラスチックは、どのような市場で受け入れられるのか? そのメリットを明確にするには何が必要なのか? 検討すべき課題はまだま だありますが、この技術が一般化されれば、石油資源の利用を抑えるだけでなく、廃棄物を削減し環境負荷を低減することに、間違いなく貢献するはずなので す。

 

野崎京子 教授
東京大学大学院 工学系研究科

野崎京子 教授

 最低限の材料で必要とされる物質をつくる

燃焼の最終生成物である二酸化炭素は、「極めて化学反応しにくい物質」という誤解があります。何らかのエネルギーは必要ですが、光合成によって二酸化炭素 を反応させ、物性の異なるポリマーを巧妙につくりわけている植物を見れば、そうではないことが容易にわかりますね。二酸化炭素をどう有効利用していくの か…。その一つの方向性が社会に必要とされるプラスチックをつくり、固定化することだと考えています。 資源をムダなく利用して、必要とされるものをつくる。そうしたモノづくりを支える触媒の研究を、エネルギーや環境、コスト的にも負荷をかけないよう、広い視野に立って、これからも進めていきたいですね。

 

トピックス

 二酸化炭素など温室効果ガスの排出削減目標を掲げた「京都議定書」により、日本は、2008年~2012年の間に1990年比で6%削減しなければなりません。日本政府は、3.9%にあたる1300万炭素トンを森林による吸収量で確保するとして、森林の整備・保全などを進めています。そして、省エネルギー技術や、太陽光・風力などの新エネルギー技術に加え、二酸化炭素を分離・回収し隔離する技術など、複数の柱をたてて解決しようとしています。 二酸化炭素の隔離は、地中の帯水層や石油・ガス田などに送りこんで閉じ込める地中貯留と、深海貯留、中深層から浅海に希釈・溶解する海洋隔離があり、現在、その実現に向けた研究も進められています。しかし、大規模な設備投資によるコストの問題などもあり、本格的な地中隔離が実現するのは2015年頃で、海洋隔離の場合はさらに2030年以降とみられています。そして、何よりも重要なのは、周辺環境や生態系への影響、地中や海中で二酸化炭素がどうなっていくのか、その挙動が明らかになっていないことです。 地球温暖化の影響による自然災害も増えており、有効な対策は急務です。だからこそ、新しい技術開発に期待するだけでなく、周辺にある既存技術やその利用の仕方を見直すことで、温暖化防止をはじめとする環境対策に寄与することがきっとあるように思います。

 

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