第30回 樹木の防御機構に学ぶ分子設計
樹皮成分を固定化したセルロース薄膜
草木の骨格を形づくる植物性セルロースは、古くから繊維や紙、パルプ、フィルムなどに使われて きました。セルロースはブドウ糖がたくさんつながった分子であり、人体や環境にも安全な材料として、最近では、海水を真水に変える逆浸透膜、血液透析用中 空糸膜などにも利用されています。そして、石油由来の合成高分子に替えて、より広い分野に応用するための新しい機能性材料の開発が注目されています。その ひとつが、樹木の構造を真似てつくる、セルロース薄膜です。
樹齢5000年~6000年といわれる屋久島の縄文杉は、中央部が空洞になりながら、巨大な体を天に向かってそびえ立っています。幹部分を覆う樹皮には抗 菌性の化学物質が分泌し、さらに層状の水を通さない丈夫な構造が相まって、樹木は長生きできると考えられるのです。こうした樹木の構造を真似て、セルロー スに疎水性の脂肪酸を結合させ、そこに樹皮成分のタンニンを固定化する、特殊な薄膜の合成法がすでに確立されています。
タンニンには抗菌性、タンパク質の捕捉、重金属の吸着といった特性があり、セルロース薄膜にそのような機能を付加することで、タンパク質の分離膜や有害金 属の除去膜への応用が期待されます。薄膜の表面に抗菌性をもたせれば腐りにくい丈夫な材料となり、材料としての役目が終わったときにタンニンをはずす処理 を施せば、樹木が朽ちていくように土に還るという材料設計も可能になります。
また、錠剤の表面コーティングやカプセル材料などに使われているメチルセルロースの水溶液は、常温では透明で粘りけのある液体ですが、温めるとゲル化し、 冷めるとまた液体に戻るという特徴があります。この現象を分子レベルで解明し、界面活性力や刺激応答性を高めた材料開発への取り組みも始まっています。再 生可能なセルロース資源を高度に活用しようという研究が、さまざまに進められているのです。
上高原 浩 助手
京都大学大学院 農学研究科
思いがけない発見で、研究は広がりを見せる
東南アジアの未利用林産物に関する研究で、何度か、タイを訪れる機会を得ました。民間伝承的に使われている薬用植物をはじめ、自然の中のものを数多く取り入れた暮らしぶりを目の当たりにするのは、非常に興味深い体験でした。
セルロースは、地球上で最も大量に生合成されている天然高分子です。その天然高分子に学んで分子設計をすることが、私の大きな研究テーマですが、予測に基 づいて1つの“化合物”をつくると、思いがけない発見があり、そこから研究は広がっていくんですね。自分にしかできない研究を進展させながら、セルロース をベースとした高機能なものづくりをこれからも続けていきたいと思っています。
樹木の骨格を形づくる物質には、セルロースのほかに、ヘミセルロース、リグニンがあります。樹木の成分のおよそ50%がセルロースですが、25%~30%ほどを占めるといわれるリグニンは、セルロースを取りだした後、廃棄物として捨てられる運命にありました。リグニンは、セルロースとヘミセルロースを強固にする接着剤として働き、細胞を腐りにくくする防腐剤の役割も果たしています。このような機能をもつリグニンを活用しようという研究も古くから行われてきましたが、リグニンの構造は非常に複雑で、取り出すのが難しいことからなかなか進展しませんでした。最近になって、新しい分離法も確立され、エネルギーの負荷もあまりかけずに取り出すことが可能になり、石油資源に替わる生分解性プラスチックや電気を通す導電性プラスチックなどの原料として期待が寄せられています。 また、植物には、さまざまな機能と薬効などをもった生理活性物質もたくさん存在します。近年、健康ブームで注目されているフラボノイドもカテキンも、生命活動を維持するために植物が分泌するポリフェノールの仲間なのです。こうした機能性物質は、古くから民間伝承的に薬などとして利用されてきました。そこに改めて科学の目を注いで見直すことによって、これまで使われてこなかった物質の活用法、植物資源の新しい利用法などが生み出されていくことでしょう。 Views: 37