第 3回  ゲンゴロウに学ぶマイクロマシン

 

ゲンゴロウ

最近、ストレスを抱える現代人に安らぎを与える、動物型ペットロボットが注目されています。犬や猫のように動きまわる姿は、まるで本当に生きているかのように愛らしく、不規則なライフスタイルでも世話の必要がない点など、世代を超えてその人気が高まっています。

鳥のように空を飛び、尺取虫のように前進し、魚のように泳ぐ。こうした生物の動きを真似た人工物創製は、「生物模倣工学」、海外では「バイオミメティク ス」と呼ばれ、その技術は日々進化し、よりコンパクトなサイズで、より本物に近い動きへと近づきつつあります。そして、その技術は今、アミューズメント分 野に留まらず、思いもよらない世界で躍進を始めているのです。

例えば、ゲンゴロウを模倣したマイクロマシン。泳ぐペット玩具として企画されたその技術は、水で満たされた5mmの細い配管内を90cm/秒という高速な 移動を可能とさせ、現在プラント内配管検査への応用が考えられています。また、その後肢による”パドリング”を模倣する為の駆動技術は、体内埋め込み用マ イクロポンプへと姿を変え、今までは不可能だった胎児病治療での活躍が期待されています。 その進化型は、バッテリーもモーターもいらない、外部磁界により直接駆動するマイクロマシン。工学と医療の出会いが、生体内で活躍する小さな医療ロボットとして結実していくはずです。

また、小さくすると精度が落ちるのが通例であるメカ技術において、このシンプル且つ精密な動きを保ったままでの「”小”の追求」は、画期的な研究内容で、 医療だけではなく、他の様々な業界からも注目されています。銀行ATMで紙幣をカウントするマイクロアクチュエーターや、ノートパソコンのハードディスク モーター、更には、ゲームの臨場感を演出するために”におい”成分を出すためのマイクロポンプと、多岐に渡る活用が期待されます。

自然や生物に学ぶ、分野を越えた横断的な技術交流。このアプローチこそ、これから求められる自然や生物にやさしい、新しい技術開発の方法なのです。

 

本田 崇 助教授
九州工業大学大学院 工学研究科機能システム創成工学専攻

本田 崇 助教授

 以前、磁性薄膜材料の研究をしていたのですが、ある時“磁気ひずみ”によって伸びたり縮んだりする材料に、“2本の足”をつけてみたら、なんと、トコトコ と歩き出したんですね。それがきっかけとなり、外部の磁界を制御して“飛ぶ”、“泳ぐ”マイクロマシンの研究を発展させてきたのです。 生物の運動を解析し、生物に限りなく近い、しなやかな動きを再現する。そこでは、多関節にするのではなく、プラスチックフィルムの“しなり”を利用するなど、機械系の技術アプローチでは複雑になりがちなロボットの構造を、素材の特性を利用することでシンプルにしました。 外部磁界で直接駆動するマイクロマシンは、バッテリー、モーター、機械部品が不要なため、小さく、軽く、シンプルに作れます。その分、薬剤などを搭載する こともできます。すでに、磁力で動く内視鏡が開発されるなど、SF映画のように、ロボットが体内に入り、治療をする未来が現実となってきています。 そんな未来を子供たちと分かち合うために、マイクロロボットを自作し、水中レースを行う、科学工作教室も開催しています。今も、熱帯魚とマイクロロボットの競争を夢見ながら、社会に役立つ実用化研究を模索しているのです。

 

トピックス

 現在、世界中の研究者・技術者によって、人工知能やロボットの研究が盛んに行われています。目指すのはやはり「人間の脳」ですが、そこへの第一歩として”昆虫”を参考にする研究が注目されています。 欧米でのコオロギやナマコの行動研究を皮切りに、日本でも、コオロギやアメーバの神経システムを参考にしたロボットが試作され、他にもアリ、チョウ、カブトムシからハエ、ゴキブリ、線虫までと多様な生物を研究材料として情報技術分野では開発が進んできています。 しかし、カイコガのように単純な行動をする脳の仕組みですら、未だ人類は解明することが出来ません。 このような、昆虫や生物の脳神経やホルモンのシステムを解明することで、次の新しい情報技術がはじまってゆくはずです。