第71回  微生物に学ぶ炭素固定系

二酸化炭素そのものを活用するホワイトバイオ

日本が世界に誇る発酵技術。植物が光合成で生産した 糖質を原料とした微生物によるものづくりが注目されるなか、 植物を介さず、二酸化炭素を直接利用しようという、 微生物に学ぶ炭素固定系とは?
超低栄養性細菌 Rhodococcus erythropolis N9T-4株

超低栄養性細菌 Rhodococcus erythropolis N9T-4株

 従来から知られている菌に比べて、低エネルギーで効率よく大気中の二酸化炭素をとりこんで生育する超低栄養性細菌が、原油成分から発見された。写真は、炭素源を含まない培地で生育する菌(上段)とその顕微鏡写真(中、下段)。

近年、地球温暖化対策として、植物系バイオマスの有効利用が脚光を浴びています。その背景には、植物は大気中の二酸化炭素(CO2)を取り込んで糖などを生産しており、それを原料とした製品は廃棄してCO2を排出したとしても、大気中のCO2を増やすことにはならないという、カーボンニュートラルの考え方があります。

とうもろこしなどの糖分を酵母菌で発酵させてつくるバイオエタノールは、石油に替わるクリーンエネルギーとして注目され生産が増大しています。ところが一方で、もともと食料や飼料となる作物をエネルギーの原料に転用するため穀物価格の高騰を招き、生産農地拡大のために森林伐採が進んでいるなどの問題も指摘されているのです。そのため、食料にならない第2世代のバイオマス燃料として、間伐材や廃材など木質バイオマスの利用が期待され、さまざまな研究も行われています。しかし木材は、微生物による分解が難しく、まだ利用が進んでいないのが現状です。

そうした課題を克服し、カーボンニュートラルを実現する方法として浮上したのが、植物を利用するグリーンバイオに対して命名された、ホワイトバイオという考え方です。微生物に直接CO2を摂取させて有用物をつくるというユニークな研究が進められており、高効率にCO2を取り込んで生育する菌を、原油中から単離することに成功しています。

体内にCO2を固定する微生物の存在は、たとえば光合成細菌や古細菌など、すでにいろいろと知られていますが、高熱や無酸素(嫌気状態)など培養条件が難しく、炭素固定には栄養源、光や金属、水素などのエネルギー源も必要とします。ところが、新たに発見されたこの菌は、栄養やエネルギー源を与えなくとも高効率にCO2を食べて非常に早く生育し、メタノールなどの有用物質を生産している可能性もあります。植物を介さず、CO2を原料としてものづくりをするホワイトバイオの実現に、大きく道を拓こうとしているのです。

 

吉田信行 助教
奈良先端科学技術大学院大学 バイオサイエンス研究科

吉田信行 助教

 夢はCO2を原料にしたものづくりの実現

私の研究は、自然界からいろいろな微生物を採集し、用途にあった微生物を見つけてものづくりに活かす応用微生物学という分野です。植物を原料に微生物で発酵させて酒やビール、最近ではバイオエタノールなど、さまざまなものがつくられていますが、実は、われわれ応用微生物学者の究極の夢は、CO2そのものを原料にしたものづくりなんです。 研究で気をつけていることは、微生物を自然界から実験室にもってきた時点で環境が変わってしまうので、得られた結果だけでその微生物のことが必ずしも明らかになったとは言えないということ。だから、微生物の生育を注意深く見ることを大切にしています。実験室に微生物を持ってきて、今までに知られている手法で実験をやると、今までに知られている結果が出るのは当たり前なんですね。そして、今までと違う結果が出たときには排除したり無視しがちですが、その結果を大事にして研究に活かしたいと思っています。

 

トピックス

1970年代、遺伝子組み換え技術が実用化されるとともに次世代をリードする技術として脚光を浴びたバイオテクノロジー。近年、色によって活用分野を分けて表現されるようになっています。一般に、新薬や新しい診断法など医療分野における技術はレッド・バイオテクノロジー、品種改良などの農業分野がグリーン・バイオテクノロジー、ものづくりなど産業利用がホワイト・バイオテクノロジーと大別されています。さらに、海洋生物を扱うブルー・バイオテクノロジー、土壌や水質浄化など環境分野はグレー・バイオテクノロジーあるいはイエロー・バイオテクノロジーなどとも呼ばれているそうです。アルコールや発酵食品など、酵素や微生物によるものづくりは、はるか昔から実践されてきましたが、いま再び、環境に優しい生産方法として見直され、さまざまな研究が展開されているのです。土中、水中はもとより、深海の熱水や北極などの極限環境、そして動植物の体内と、地球上に数知れない微生物が存在しており、今後も思いがけない能力を有する微生物が発見されると期待されています。