第95回 走光性に学ぶ機能性ハイブリッド材料の創製
光の作用で自律移動する膜
多くの生物は光に応答して運動する走光性を示します。太陽の光に向かって動くひまわりの花、光に集まる虫、反対に光を嫌って逃げるミミズなどがその典型的な例といえるでしょう。そうした走光性をもった材料を開発しようという研究が、注目されています。光の照射で材料を自在に移動させ、基板上にさまざまなパターンを描画しようというのです。
有機系物質(高分子)には、波長によって光に集まる、あるいは離れるというフォトクロミック反応を示すものがあります。そうした材料を使い、光の当たる部分と当たらない部分をパターン化したマスク露光を行うことで、膜表面が移動してレリーフ(浮き彫り)構造を形成することが、過去に報告されています。その多くは、露光に数十分ほどかかる感度が低いものでしたが、近年になって、わずか10秒程度の照射、光量にして1000分の1ほどのわずかな光に反応して鋭敏に移動する、高感度な高分子膜が開発されました。50?100ナノメートルの膜厚で、物質が完全に移動するため回路などを簡単に描くことができるのです。
この材料は加工後に熱処理や紫外光の照射で元の平らな膜に戻すことも可能で、再現性があります。実験や分析用のマイクロ化学チップの流路作成などへ応用が期待されます。そして、金属酸化物を組み合わせた、無機有機ハイブリッド材料の研究も進んでいます。移動する有機物を利用して、移動しない無機物を一緒に動かそうというのです。すでに酸化チタンとのハイブリッド材料が開発され、表面積の大きな太陽電池素子を簡便につくる新たな方法として利用できると考えられています。
露光によりパターンを描画する技術としては、現在、リソグラフィーが主流ですが、焼き付け後に現像というプロセスが必要となります。生物のような走光作用を利用した、この材料が実用化されれば、描画プロセスが簡略化できるだけではなく、コスト面や環境負荷の低減にも貢献できるのではないでしょうか。
関 隆広 教授
名古屋大学大学院 工学研究科
生物のようにダイナミックに形を変える材料をつくる
光機能性材料の研究を25年ほど続けています。かつて、フォトクロミック材料は色が変わることが注目されてきましたが、最近は、動く、形が変わる、向きが変わることを利用して、電気を使わずに光だけで駆動しようという研究が主流になってきています。光は、小さな動きを正確に操作するという点で優位ですし、レーザー光ならば遠くからでも精度よく操作できます。こうした光メカニカル効果の利用が世界的に活発化してきていますが、実は、この分野は日本が先行しているんです。 生物は自らを守るために、少しの刺激に機敏に対応しています。しかも、一度形を変えたら終わりではなく、繰り返しの変形ができます。生物の複雑な仕組みを真似るのは難しいですが、単純な部分を抽出して材料開発に活かし、生物のようにダイナミックに形を変える材料をつくりたいですね。
フォトクロミック反応は、光の照射により分子内部で化学結合に変化が生じ、分子構造が変わるものです。色の変化と形の変化を同時に体験できるため、子どもたちに科学の面白さを伝える素材、色が変わるおもちゃなどとしても利用されているそうです。代表的な製品は調光ガラスがあり、屋外が明るいところでは暗く、暗いところでは明るい薄い色に変化します。 また、通常は色の濃淡など2色の変化ですが、1つの材料でさまざまな色に変化させることができるものなども開発されているそうです。 高性能フォトクロミック材料は、高密度メモリー、フレキシブルディスプレイなどへの応用が期待され、さまざまな研究が進められているのです。 Views: 35