第94回  鎮守の森に学ぶエコロジカルデザイン

古来の森を現代のまちづくりに活かす

神社を取り囲むように形成された鎮守の森。 日本の至る所に見られ、地域本来の森林生態と 文化をいまに伝える貴重な自然資源、 鎮守の森に学ぶエコロジカルデザインとは?
市街地の中の鎮守の森

市街地の中の鎮守の森

 鎮守の森は、神社の参道や拝殿を囲むように形成された森林で、社叢(しゃそう)、社寺林とも呼ばれる。 住宅などが密集し、自然が少なくなった市街地では、鎮守の森が貴重な緑地であることがわかる。写真は京都府の長岡天満宮を空撮したもの。

日本には大小さまざまな神社が数多く存在し、通常、豊かな樹木を有する鎮守の森によって守られています。そして、その多くは地域の風土に根ざした樹種等の植生や自然形態を残しており、癒しの場として、また祭をはじめとする地域文化の継承などにも役だってきました。ところが、90年代の終わり頃から年間約150ヘクタールあまりが、道路や公共施設に転用されるなどして消失し続けてきました。

市街化が進む都市部では、鎮守の森は貴重な緑地であり、天然記念物のご神木があったり、緑地保全地区に指定されているところも少なくありません。ところが、都市計画においてはこれまで、あまり積極的に活用されてきませんでした。そこで、鎮守の森の価値を客観的に分析・評価することで都市計画に活かすための研究が進められています。最新の地理情報システム(GIS)による衛星写真と古地図などを利用して江戸時代から現在に至る土地利用の変化をデジタルデータ化し、植生や環境変動を読み取ろうというものです。

たとえば、どこにどのような樹木を配置すれば、鎮守の森と公園などの点在する緑地をうまくつなげて、周辺に生息する生物たちのためのビオトープネットワークを構築できるのか。地域の過去の自然、植生などを分析することにより、必要な要素を明らかにし、生物多様性の保全に貢献する景観デザインを構築することが研究の大きな目的の1つです。

また多くの場合、神社は地域の中でも標高が高い場所、湧水が湧く場所、かつて災害が起こった場所など、地形の変局点や自然条件の影響を受けやすい場所に立地しています。そのため、歴史的な経緯を知ることで、防災拠点として利用するための評価も可能になると考えられています。鎮守の森が有するさまざまな歴史的価値を活かすことで、持続可能な景観デザインの構築が期待されているのです。

 

藤田直子 准教授
九州大学大学院 芸術工学研究院

藤田直子 准教授

 日本人の自然観が環境問題の解に…

私の専門はランドスケープエコロジーという分野で、人の暮らしが自然形態にどのような影響を与えるのか、歴史的な流れのなかでその変化を読み解き、持続可能なまちづくり、エコロジカルな景観デザインに活かしていこうという研究を行っています。そもそも小学5年生のときに、ある科学雑誌で地球がプラスチックで埋もれてしまうという絵を見て恐怖を覚えたのがキッカケとなり、環境について勉強をしたいと思うようになりました。 鎮守の森は、神社と人の暮らす空間の緩衝地帯という機能をもった樹林です。そこから学んだことを活かし、地域風土に適した自然と人間の共生を可能にする日本らしい景観デザインを構築することが、世界が抱える環境問題の1つの解になるのではないかと思い、この研究を進めています。

 

トピックス

 東日本大震災後、鎮守の森がもつ意義を見直そうという動きが出始めています。宮城県で開催された神社庁主催の「伝統文化セミナー」では、現地調査を行った専門家達から、「歴史の古い神社ほど東日本大震災の津波被害から免れ、多くが津波浸水の境界に立っていた」「鎮守の森や屋敷森なども津波の破壊力を減衰させる効果が見られた」などの報告があったそうです。そして、「町の復興プラン作成に神社の存在を考慮すべきだ」という提言もなされました。 老朽化したマンションなどの大型建造物を建て直したり、地域再生を目的とする新たなまちづくりには、緑化推進による環境への配慮が重要なポイントの1つになっています。震災復興に限らず、歴史が示す事実、知恵や工夫を新しいものにどう組み合わせて活かしていくか。鎮守の森をはじめとする、地域風土のなかで培われてきた価値に、改めて目を向けることが求められているのです。