第56回  ラン藻に学ぶ巨大天然高分子の応用

世界初“超”巨大分子のナゾに挑む

進化の長い歴史のなかで、原始生物の名残をいまに伝えるラン藻類。自らが生き抜くために、多糖類という機能性物質を生産し細胞のまわりにバリアを張る、ラン藻に学ぶ天然高分子の活用法とは?
スイゼンジノリ(学名:Aphanothece sacrum)とサクラン

スイゼンジノリ(学名:Aphanothece sacrum)とサクラン

 スイゼンジノリ(写真左上段)を光学顕微鏡で見ると、球状の細胞の周囲に寒天状の物質が確認できる(写真右上段)。 寒天質から抽出したサクラン(写真右中央)はセルロースのような繊維状となるが、水に容易に溶けてゲル状になる(写真右下段)。

世界でも九州のごく一部だけに生息するスイゼンジノリ(別名:カワタケ)は、原始の姿を留める真核原核生物のラン藻類に分類されます。いわゆる海苔とはまったく別種の水性生物ですが、古くから食用に珍重され、胃腸に良い、風邪を引きにくいなど、その効能が言い伝えられてきました。実は、このスイゼンジノリから、高保湿性で知られるヒアルロン酸の5倍、自らの重体積の6000倍もの保水力をもつ多糖類が発見され、大きな話題を呼んでいます。

生物は、デンプンをはじめさまざまな多糖類をつくりますが、ラン藻類は水中の浮遊物を吸着沈殿させて光の透過性を上げて光合成をしやすくしたり、重金属など有害物質を補足し細胞内への侵入を防ぐバリアとするなど、自らが生きる場を改善するために、多糖類を生産し利用していると考えられています。スイゼンジノリも細胞の周りに寒天状の多糖類を分泌しており、この構造や特性を調べたところ、10種類以上もの単糖からなる分子量1600万~2000万という、他に類を見ない巨大な天然高分子であることが確認されたのです。通常、ラン藻がつくる多糖類は5種類程度の単糖で構成されており、発見された物質は、非常に特異的で、複雑な構造が高機能を付加していると考えられるのです。

この物質は、スイゼンジノリの学名にちなんで「サクラン」と名付けられました。一般に、多糖類は塩水をかけると凝集しますが、サクランの分子は逆に広がり、堆積体積の3000倍ほど体液と同じ塩分を含んだ溶液を吸収できることもわかりました。こうした特質はいま、被膜形成用の化粧品や医用品、砂漠緑化資材などへの応用に大きな期待が寄せられています。

また、希少なレア・アース・メタル類を特異的に捕捉することも確認され、天然の水質浄化剤、有用金属を回収してリサイクルに利用する研究も始まりました。さらに、この世で最も長く、最も低濃度で自己配向する液晶性棒状分子であることも確認されました。天然の蛍光色素が抽出でき、光エネルギーの変換といった光学特性など、新たな機能も発見されつつあり、多様な分野で利用可能な日本固有の有用資源として、熱い注目を浴びているのです。

 

金子達雄 准教授/岡島麻衣子 研究員
北陸先端科学技術大学院大学 マテリアルサイエンス研究科

金子達雄 准教授/岡島麻衣子 研究員

 日本固有の天然資源を見直すキッカケに…

われわれの研究室では、天然分子を利用して環境に寄与する素材開発などを行っています。スイゼンジノリは特定の地域にしか生息しないため、生態研究などはほとんど行われてきませんでした。今回は、「胃腸に良い、風邪をひきにくい」など、昔からの食にまつわる言い伝えを科学的に証明してほしいという依頼がキッカケとなり、世界初の巨大天然分子の発見に至りました。その保水力が注目されていますが、高度な吸着能を活かせば、ナノ複合素材などをつくる反応場としても利用できるでしょう。また、天然の蛍光色素も抽出されますので、その利用研究にも取り組んでいるところです。 スイゼンジノリは、現在、絶滅危惧種に指定されています。防御作用など生理活性物質の解明も含め、さまざまな抽出物質の特性を科学的に明らかにすることで、日本固有の貴重な資源の保護育成につなげたいと考えています。

 

トピックス

 多糖類にはデンプン、グリコーゲンなど重要な栄養素となるもの、セルロースやアガロースなど食物繊維として知られるもの以外に、さまざまな生理活性をもった物質があります。たとえば、免疫力アップ、抗ウイルス力、血糖値やコレステロールの抑制などの効能が実証されサプリメントに利用されているフコイダン、β-グルカンなども生物がつくる多糖類です。また、天然多糖類のなかでも特に収量が多いセルロースは繊維やフィルムなどの工業原料として、キチン・キトサンは食品安定剤や包装材のほか手術用縫合糸や人工皮膚など医用分野での活用も進んでいます。多糖類をはじめ、生物が分泌する物質にはさらに未知の機能性物質が存在すると考えられ、持続可能な生物資源の利用研究に大きな期待が寄せられているのです。