第91回  バイオミネラルに学ぶ材料合成

常温の水溶液でナノ材料をつくる

湖沼や海など水中で暮らす生物たちには、さまざまな バイオミネラルを生産する種が多く存在する。 加熱加圧など特別な処理や装置を必要としない、 バイオミネラルに学ぶ材料合成とは?
バイオミネラルと材料合成

バイオミネラルと材料合成

 珪藻は、さまざまな形状のものが存在する(中央楕円の写真)。下3枚の電子顕微鏡写真は、珪藻にならって酸化スズのナノ結晶を集積させたもの(中央)、酸化細菌にならった合成ルートにより得られた酸化マンガンナノシート(左)とオキシ水酸化鉄ナノシート(右)。珪藻、マンガン酸化細菌、鉄酸化細菌は湖沼などに多く生息している。背景の沼はイメージ。

自然界には、セラミックスである金属酸化物など、バイオミネラルを水の中でつくる生物が多数生息しています。たとえば、単細胞藻類の珪藻はシリカ(SiO2)で細胞が覆われていますが、円柱や多角柱状をはじめさまざまな形をしたものが存在し、無数の微細な穴がつくりだす模様も実に多種多様です。それは、ナノサイズの粒子が結晶のように規則的に整列せずに、不規則ではあるものの均質に集積されることで複雑な形を可能にしていると考えられています。

通常、金属酸化物の合成においては、高温の熱処理や特殊な装置などを必要とします。ところが、常温の水の中に2種類の溶液を混ぜ入れ、1日待つだけで珪藻のように不規則ながら均質にナノ粒子を集積することができるのです。これまでの研究で、二酸化スズ、二酸化チタンや酸化セリウムなどで合成できています。そして、いろいろな型やパターン鋳型などにこれらの材料を流し込むことで、さまざまな形に成形することも可能なのです。

また、マンガンや鉄などの金属酸化物のナノシートを身体にまとっている酸化細菌に着目した研究も行われています。たとえば、マンガン酸化細菌は酵素を利用してマンガンイオンを安定化させ、徐々にイオン価(酸化数)を上げてマンガン酸化物をつくっていると言われています。これにならい、酵素の代わりとなる有機分子を用いて反応を制御することで、マンガン酸化細菌や鉄酸化細菌が常温の水の中で酸化物を合成するプロセスを再現することに成功しました。これにより、従来法よりも酸化数の高い材料を容易に合成でき、酸化状態をコントロールすることで異なる酸化数の材料をつくりわけることもできます。

常温常圧で特殊な装置も必要ない合成プロセスの開発は簡単なようで難しく、発展途上の技術です。しかし、生物にならった環境負荷のない合成法は、材料生産の新たな道を開くと期待されているのです。

 

緒明佑哉 助教
慶應義塾大学 理工学部応用化学科

緒明佑哉 助教

 生物にならった環境に優しいものづくりを実現する

化学を専攻したのは、原子・分子のレベルからものづくりをしてみたいという思いがあったからです。学部生のときの研究室が「自然に学ぶ」をテーマにしていたことから、結晶や金属酸化物など生物がつくるバイオミネラルにならう材料合成の研究を続けています。 目的の第一は、水とビーカーと原料だけで、熱や圧力を加えることなく、生物たちが実践している合成プロセスを実現して環境に優しく材料をつくることです。次のステップとしては、従来の材料特性より、どれほどの優位性を付与できるかが課題です。実際に、二酸化チタンなどは光触媒活性が優れた数値を示しているものもあります。さまざまな基礎研究を行っていますが、それをどう社会に役立てていけるか…。1日に0.1歩でもいいので、学生とともに地道に進めていければと思っています。

 

トピックス

 生物がつくる鉱物、バイオミネラルには、炭酸カルシウムを主成分とするものは真珠や貝殻、甲殻類の外骨格など、ハイドロキシアパタイトを主成分とする骨や歯などさまざまな種類のものがあります。そしてミネラル分に、たとえば骨の場合はコラーゲンという有機質成分が加わることで、強さと柔軟さを同時に満たす組織になっているのです。このようなバイオミネラルのものづくりは、レンガを積み上げ、その間をセメントでつないで補強することに例えられます。外敵から身を守る貝殻や外骨格などもそうですが、生物は自らつくりだしたミネラル分とタンパク質や多糖などを巧みに利用して、目的に応じた生体組織をつくりわけています。材料となる物質も自然界には一般的なものであり、バイオミネラルの研究が材料開発において注目されているのです。