第 5回  光合成機能が教える太陽エネルギーの活用術

分子の自己組織化は、ナノ加工技術の不可能を越える

 

セルロース

 27億年前、海洋に現れた生命は、 エネルギーの源、“太陽”の恵みを受けて、酸素をつくり、その繁栄を謳歌した。 植物が形にした不易のエネルギー循環システム、光合成に学ぶ新技術とは。

太陽光をエネルギーに変換し、水と二酸化炭素から糖と酸素を合成する。皆さんご存知の「光合成」と呼ばれる生化学反応ですが、それを行っている葉緑体では、実に複雑で合理的な作業をしています。

通常、葉緑体は太陽光の当たりやすい葉の表面に集まっているのですが、その中にあるチラコイド膜には、光をエネルギーへと変える“クロロフィル”という色 素が数え切れないほどたくさんあります。それらはみな同じ機能を持っているのかというとそうではなくて、光合成の作業を合理化するために“光を集めるも の”と“光を化学エネルギーに変えるもの”と役割分担をしているのです。寄り集り、規則正しく並んだ、複数の“光を集めるクロロフィル”は、効率的に光を 集め、スムーズにそれらを“化学エネルギーに変えるクロロフィル”へと伝達します。こうしてチラコイド膜でつくられた化学エネルギーは、水を分解し酸素を つくりだしているのです。

このような、合理的なエネルギー変換機能を太陽電池へ活用する“色素増感太陽電池”の研究が注目されています。通常の太陽電池では、光を集めてエネルギー を取り出すための材料として、おもにシリコン半導体が使用されていますが、シリコン資源の制約があり、製造コストや廃棄処理などの問題も指摘されていま す。一方、光合成機能を模倣した色素増感太陽電池は、地球に優しい材料を用いており、製造コストはシリコンのものの1/10以下、エネルギー変換効率も理 論上、シリコン太陽電池は29%、色素増感太陽電池は33%と、シリコンのものよりも優れた数値が出ています。

さらに、チラコイド膜のように電池内部にエネルギーをためる膜構造を組み込んだ色素増感太陽電池は、シリコンではできなかった“蓄電”が可能となり、軽量化も図ることができるため、ノートパソコンや携帯電話のバッテリーとしての活用も期待されています。

遥か昔に生物が身に付けた、“限りない太陽の恵みを活用し、自然と共生する”技術。私たちは、今まさに、優れた循環型エネルギーシステムに学び、近づこうとしているのです。

 

瀬川浩司 助教授
東京大学大学院 総合文化研究科

西野 孝 助教授

 光合成を行う生物は、太陽から降り注ぐ光子を効率よく集め、エネルギーに変換するためのさまざまな工夫を行っています。例えば、光を吸収して化学エネル ギーをつくりだすクロロフィルは絶妙な配列で繋がることにより、電子の高速移動を可能にし光合成効率を高めているのです。一方、光合成細菌に存在するクロ ロフィル誘導体には、タンパクなどの支えもなく、ひとりでに集まって「自己組織化」をしているものもあります。 われわれは、クロロフィルによく似た「ポルフィリン」という分子の自己組織化に着目して研究を進めています。ポルフィリンは、自己組織化することで青緑色 の金属光沢をもつ「J会合体」を形成します。その分子間相互作用は非常に強く、自己保持性の高いフィルムを形成するのです。また、ナノ結晶、ナノファイ バーなどのナノ材料に応用することもできます。この自己組織化を制御できれば、従来の半導体微細加工技術では不可能だった“ナノスケールの分子デバイス” も実現するかもしれません。

 

トピックス

 地球にもっとも近い恒星である太陽は、毎秒 9×1010 兆キロカロリーのエネルギーを放出しています。我々まで届くのはこのうち約20億分の一程度ですが、驚くべきことにこれは、全地球で消費するエネルギーの1年分を、60分間でまかなえる量に相当するのです。 この莫大で無尽蔵なエネルギーは、オイルショック(1973年)の頃に、石油に代替する資源として注目されはじめ、それ以来、世界中の企業や研究者によって、技術開発が進められてきました。現在では太陽電池の発電コストは当初の20分の1以下にまで低下し、電卓の電源や、道路標識等に広く利用されてきています。また、一般家庭での太陽電池による発電や、ソーラーカーなど、太陽エネルギーの応用にも注目が高まっています。 化石燃料の枯渇や、地球温暖化など環境問題が深刻化する現代ですが、このような問題を未来に継承しないためにも、人類はこのようなエネルギー源を最大限にいかし、失うことの無い資源を確保するべきなのでしょう。