第76回  光合成微生物に学ぶ有用物の生産

光合成でタンパク質をつくる微生物工場

田んぼや池の中で、光合成によって増殖するボルボックス。 親の体内で細胞分裂した幼生体は、自ら分泌する物質で親の身体を溶かし、外の世界へハッチング(孵化)する。 そのメカニズムを利用する、光合成微生物に学ぶ有用物の生産とは?
ボルボックス(Volvox carteri)

ボルボックス(Volvox carteri)

 体細胞(小さな細胞)と生殖細胞(大きな細胞)の2種類の細胞からなる単純な多細胞生物。細胞と細胞の間は透明な細胞外マトリックス(糖タンパク質)によって埋められ、全体として1つの球状体を成している。この写真では、成熟した親(右下)のほか、ハッチングしたばかりの小さな幼生体が盛んに泳ぎ回っている姿を見ることができる。

光合成によって増殖するプランクトンの一種であるボルボックスは、通常は無性生殖で、親の体内の生殖細胞が分裂して幼生体ができます。そして、時期がくると幼生体は自ら、あるタンパク質分解酵素を分泌して親の身体を溶かし、ひよこが卵の殻から出るように、ハッチング(孵化)します。親は死んで世代交代が行われるのですが、このときすでに幼生体には子どもとなる予定の生殖細胞ができており、およそ2日間の周期でこのような増殖を繰り返します。

このハッチングのメカニズムを利用して、ボルボックスに、ホルモンなどの特定機能を有する有用タンパク質をつくらせて回収しようという、ユニークな研究があります。微生物に抗生物質をはじめ、さまざまな有用物をつくらせて回収する方法はすでに行われています。しかし、純粋な有用物を取り出すために微生物の細胞を破壊する必要があり、複雑な精製工程が必要となる場合が少なくありません。一方、細胞外にタンパク質(酵素)を分泌するボルボックスを使えば、培養液中に放出された生産物を容易に回収できると考えたのです。

ハッチング酵素(タンパク質分解酵素)の同定、アミノ酸配列の決定、遺伝子の単離、ハッチング酵素を分泌させる「細胞外分泌シグナル」のメカニズムを解明する研究などが、行われています。そして、この分泌シグナルをつないだ有用タンパク質をボルボックスで発現させ、培養液中で育種して回収する合成系の確立を目指した研究が進められているのです。

同様に光合成微生物であるシアノバクテリアを利用した、ビタミンなどの有用物質生産システムの研究も行われています。光エネルギーを利用して、二酸化炭素からさまざまな有機化合物をつくりだす光合成微生物工場が、近い将来、実現するのではないでしょうか?

 

白石 英秋 准教授
京都大学大学院 生命科学研究科

白石 英秋 准教授

 基礎研究の成果を、社会に役立つものに活かす

ボルボックスは、単細胞生物から多細胞生物への進化モデルとしての研究がキッカケで、ハッチングの仕組みを利用することを思いついたのです。それまでは利用したことのない研究材料でしたので、培養のコツをつかむのに2年くらい試行錯誤しました。研究は言われたことだけをやっていては、ダメですね。全然予想しないことが起きたりしますから、何かうまく行かないときこそ、自分でよく考えることが大事です。 光合成微生物を利用する生産系では、光をあてておくだけで、大気中の二酸化炭素を使って酵素や生理活性ペプチドなどの有用物を無限に生産できるという利点があります。私はいわゆる基礎研究をやってきたましたが、これからは、その成果を社会の役に立つことに活かしたいと思って研究を進めています。

 

トピックス

 ボルボックスは、水のきれいな日光の当たる浅い所に生息し、肉眼でも緑色の粒が確認できます。春から秋にかけては生殖細胞の細胞分裂によって繁殖します。ところが、田んぼの水が無くなる頃に、精子束をもつ雄、卵をもつ雌ができて有性生殖を行い、胞子をつくります。胞子は乾燥に耐え、春になると発芽して再び無性生殖に戻り、生殖細胞の分裂により命をつなぎます。 たくさんの細胞が集まって1つの身体(群体)を形成する緑藻の一種ですが、ボルボックスの仲間には、群体以外に単細胞や多細胞のさまざまな種類が確認されています。そのため、単細胞から多細胞生物への進化、生殖細胞の分化などのモデル生物として研究に利用されている、生物学的に見ても非常に興味深い生物なのです。