第61回  生体に学ぶ高分子集合体の形成

重合で新規な高分子集合体をつくる

規則正しい精密構造をもつことで、 優れた機能をさまざまに発現する高分子集合体。 分子認識や自律制御という特殊能を生み出す、 生体に学ぶ重合過程での高分子集合体の形成とは?
空に向かって伸びる樹木とつる植物

空に向かって伸びる樹木とつる植物

 植物の骨格は主に多糖(セルロース)で形成されているが、丈夫な複合構造をもつ樹木に対して、自らの体を支えられないつる植物は樹木などを支えにして大きく成長していく。“つる巻き重合”は、そのイメージから名付けられた。写真は松の木にからまる葛(かずら)

近年、ナノレベルで立体構造を制御した高分子集合体が注目されています。その1つに分子が内部に異分子を取り込む包接錯体がありますが、一般に、溶液中で分子を混ぜ合わせて分子間の相互作用で合成され、物質分離や反応場などに利用されています。しかし、この混ぜる方法では小さい分子を取り込むことはできますが、分子量の大きな高分子を取り込むことはできません。一方、DNAなどの生体高分子は、分子鎖が成長していく段階、すなわち重合と同時に自律的に構造が制御され、機能を発現しています。

こうした生体反応に倣(なら)い、高分子集合体を重合過程で形成する研究が、アミロースを使って行われています。アミロースは多糖類であるデンプンの主成分で、らせん構造をもつ生体高分子です。さまざまな低分子をらせん内部に取り込むことが知られていますが、アミロースを酵素重合により合成する過程で長鎖の合成高分子に巻きつかせれば、新規な高分子集合体ができると考えたのです。この手法はすでに実証実験に成功し、樹木につる植物が巻き付くイメージから“つる巻き重合”と名付けられました。

そして、構造がよく似た合成高分子を混在させて重合すると、アミロースが炭素原子1個分のわずかな違いを認識し、一方に選択的に巻きつくことが確認されたのです。このような認識能は物質の分離に活かすこともでき、高精度な高分子集合体を得るために役立つと考えられます。また、溶液中で高分子間に結び目(架橋)をつくると網目構造となり、その中に溶液を取り込んでゲル化します。“つる巻き重合”による包接錯体をゲル化に用いれば、結び目を加水分解で容易にほどいて元に戻し、再び重合すると結び目が再構築されてゲル化するという、生体同様の組織の崩壊/再生という循環が可能になりました。

アミロースを用いた“つる巻き重合”の研究は、新しい機能性材料の開発と同時に、自然界に大量に存在する多糖類という有機資源の高度利用にも、大きく道を拓く可能性を秘めているのです。

 

門川淳一 教授
鹿児島大学大学院 理工学研究科

門川淳一 教授

 複雑で多様な多糖類本来の機能をどう活かすか…

私の研究の出発点は、いかにして新しい合成高分子をつくるかということでした。多糖類を対象とする機会があり、その面白さに引かれて、現在は糖化学と合成高分子化学を融合させた研究を主に行っています。 多糖類は、生体内で主に2つの役割を担っています。1つは構造多糖と呼ばれる物の骨格を形成するもので、セルロースやキチンが代表です。もう1つはエネルギーを貯蔵するデンプンなど。多糖類は自然界に大量に存在し、それぞれが複雑な構造をもち、独自の機能を発現しています。その機能に応じた利用法を考えていくということが、私の研究の根底にあります。そして、石油由来の材料に代わる新しい高機能材料を1つでも社会に送り出すことができれば、それが必ずしも汎用性のあるものでなくとも、有機資源の活用という点でも貢献できるのではないでしょうか。

 

トピックス

 植物が生産するデンプンは、栄養源としてはもちろん、接着剤、保水剤、ゲル化剤などとして古くから工業的にも利用されてきました。近年では、生分解性プラスチックの原料として、その利用が進んでいます。また一般に、デンプンはアミロースとアミロペクチンの2つの成分を含んでいますが、アミロース成分のみを精製することは大変に困難です。ところが、酵素重合によりアミロースをつくる技術が開発され、単体での利用研究が注目されているのです。その背景には、物質を包接する機能や、ゲル形成能、フィルム化しやすいこと、生分解性など、アミロースが有する特性があり、植物由来の新たな機能性材料の開発が期待されています。